『すいかずら-蛍の恋-』



「あれ・・・?」
 光るものがゆっくりと呼吸するかのように瞬いて、通り過ぎた。
 蛍一は俯せたままゆっくりと閉じかけた瞼を、力をこめてなんとか押し上げる。
「なんや?」
 汗ばんだ大きな熱い手に肩を掴まれ、開け放たれた障子から縁側に向かって延ばしかけた身体を引き戻された。
「ゆうぞうさん、熱い・・・」
「そりゃ当たり前やろ」
 含み笑いが、うなじをぬらりと通る。
「もう、へとへとや・・・」
「まだ序の口やで、寝るな」
「序の口も何も、もう夜が明けてまうて・・・」
 ふたりきりの時間になると、つい甘えた声になってしまう。
 しかし、それぞれの家に世話の必要な家族を残してこっそり出てきたからには、日が昇る前に戻らねばならない。
「そろそろ帰らんと・・・」
「まだや・・・」
 仰向けにひっくり返され、胸を吸われて喉を鳴らした。
 身体の中からとめどなく熱いものが溢れてくる。
「あかん・・・」
「あかんこと、ない」
 言葉でじゃれ合いながら、指を絡めて、身体を繋げた。

「あの蛍は、間に合うたんやろうか」
「ん・・・?」
 夜の闇がだんだんと朝の気配に変わっていくのを雄三の胸の上で眺めながら、ぽつりと呟く。
「さっき。一匹だけ蛍が飛んどった」
 はぐれ蛍が一匹。
 何かを探して、ふらりふらりと空を舞っていた。
 雄なのか、雌なのか、伴侶を捜していたのか、産み場所を求めていたのか解らない。
 ただ、仲間たちから離れていることはその蛍にとってあまり良い事でないと、昔、誰かに教えられたような気がする。
「盛りの頃はたくさん仲間がおるけど、時期を外すと、誰もおらんようになる。遅くにうっかり生まれてしまった虫には、どんなに探しても相手がおらんのや」
 命の時間は限られている。
 そして、命を繋げるためだけに短い時を生きねばならない。
 もし出会いがなければ、さまよい続けるうちに力が尽きてしまう。
「言われてみればそうやな・・・。時々蝉でそんなん見かけるな」
 すっかり涼しくなった初秋に鳴く蝉の声は、なぜか悲しげに聞こえる。
「寂しいやろな・・・」
 つい口にしてしまった呟きを、身を起こした男の厚い唇にあやされた。
「大丈夫や、きっと」
 また、可哀相がられてしまった。
 自分が不用意な言葉を吐いてしまったばっかりに。
 それでも気にかけられると、嬉しいと、思ってしまう。
「・・・そうやな」
 唇でぼんやり笑みの形を作ると、彼は眉をきゅっと寄せて、強く抱きしめてきた。

「ほな・・・な」
「ほな」
 逢瀬のために雄三が用意した家は町の外れで、空と山の境目が染まり出す前に互いに東西へ別れて歩き出す。
 蛍一は五つ数えたところで振り返り、少し怒り肩で四角い背中が朝靄の向こうに紛れて遠ざかっていくのを、こっそり見送った。

 彼の中には、底知れない大きな穴がぽっかりと空いていると、出会った時から感じた。
 孤独な生まれのせいか、そして刹那的な生業のせいか。
 虫が子孫を残す事に生きる意義を求めるように、雄三は、男として誰よりも雄々しくありたいと願っている。
 今の、死と背中合わせの世界は彼の理想そのもので、戦いで鬼神のように振る舞い己の命を散らす夢を、尊いと信じている。
 死ぬ事こそが、男の本望だと。
 まだ護り手の必要な息子がいても、それは変わらない。
 強さの証しを、求め続けている。
 逢う度に自分を激しく抱くのは、決して情ゆえでない。
 自らの中のどう猛な獣を時々抑えきれなくて、ぶつけているだけだ。

 早く、早く。
 早く、散りたい。

 死に場を求めるあまり、いつも無茶な事ばかり挑む。
 命知らずの鉄砲玉と、彼は言われる。
 死にとりつかれた男の闇は、どこまでも、深い。
 分け入っても、分け入っても、芯に触れる事が出来ない。
 それでも。
 雄三が、好きだ。
 雄三に、抱かれたい。
 彼の声を、吐息を、命の音を感じるたびに、喜びが溢れて止まらない。

「僕は、間に合うたんやろうか、雄三さん・・・」

  ふらりふらりとあてどもなく飛び続けた自分は、彼のためにここへ辿り着いたのだと思いたい。

「なあ、雄三さん・・・」

 言いたい言葉がありすぎて、どれも口に出来ないままだ。
 言えない言葉の代わりに、強く願う。

 生きて。





 -完-


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