さかさまの、空 



 


 仰向けにひっくり返ったまま、空を見上げる。

 軒下からむこうに広がるのは、夏の空。
 クリアーな青空に、白い雲が光っている。
 ふわふわした雲はゆっくりと形を変えながら流れて行き、なかなか見飽きることはない。
 日差しが随分と強くなり気温も上がってきたが、頬に受けるかすかな風が心地よく、まだしばらくこのままで良いかと見つめているうちに、つい、うとうとしていたらしい。

 唇に、柔らかなものを感じて我に返る。

「ただいまかえりました」

 視界を遮るのは、造作の大きな、男の顔。
 
「・・・おかえり。早かったな」

 少し顎を突き出して唇を差し出すと、ゆっくりついばまれた。

「着陸してからターミナルにたどりつくまで、結構時間かかりましたけどね。でも、もうすぐ昼ですよ?」

 首筋を大きな手がゆっくりと撫でてくる。
 じんわりと汗を感じて、本当に帰ってきたのだなと今更思った。

「・・・相変わらず汗かきだな、お前」

 そっと腕を持ち上げて、日に焼けて浅黒く頑丈な首筋に指先を走らせると、汗でするりと滑った。

「・・・今更」

「うん。今更。で、そこがまた、すごくそそる」

 そのまま腕を巻き付けて身体を起こし、耳たぶを軽く噛む。

「・・・なあ」

 甘い吐息混じりに囁くと、彼の身体に僅かばかりの緊張が走るのを感じた。


「・・・冷やし中華食べたい」

 がくりと、力を失って落ちてきた身体が池山の胸を圧迫する。

「ここで、それをいいますか」

 恨めしげな声に、つい笑ってしまった。

「うん」

 汗ばむ身体を両手でぎゅっと抱きしめて、意地悪を言う。

「お腹空いた。冷やし中華作って、コウ」

 すると、反撃とばかりに耳を噛まれた。

「わかりました」

 ゆるりと、首筋に唇を落としながら、熱い息で囁かれた。

「でも、あとです」

 じわじわと熱が籠もっていく。
 明確な意志を持った指先がするりと胸を撫でられ、ぴくりと背中を反らせた。

「あなたを確かめてから・・・」

 鎖骨を舐められて、喉が鳴る。
 太ももを絶てて、江口のそれに擦り合わせた。
 唇をあわせて、舌を絡める。
 短く音を立てて小鳥のように吸いあいながら、服を脱がせあう最中に、ふいに江口が真顔になって動きを止めた。

「あ・・・」

「・・・なに?」

 Tシャツをまくり上げられて胸をさらしている池山は、スイッチの入ってしまった身体をもてあまして眉を寄せた。

「ラーメンが、ありません、多分」

 二週間家を空けた彼の方が戸棚の中を把握しているのは確かだ。
 だが、しかし。

「今、ここでそれを言うか・・・」

 ついつい、恨めしげに見上げると、江口が嬉しそうに笑う。
 悪戯が成功した子どものような瞳を見た瞬間、先ほどの意趣返しと気が付いた。
「てめ・・・」
 起き上がろうとした肩を簡単に押さえつけられ、ぺろりと胸を舐められた。
「あっ・・・」
 また一つ、スイッチが入ってしまう。
「すみません、ちょっと意地悪してみたくなりました」
 強く吸われて、更に声が上がる。
「ん・・・、このやろ・・・」
「ラーメンがないのは、本当です」
 厚い舌で熱心に舐められて、だんだんわけがわからなくなってくる。
「ん・・・。だからっ・・・」
 もう、昼食の事なんて、どうでも良い。
 なのに、会話をやめない江口が憎くなってきた。

「だから、そうめんで良いですか?」

 上目遣いににっこり笑われて、池山は白旗を揚げた。

「・・・ばか」 

 唇を尖らせると、ごめんなさい、と笑いながらキスをされた。
 やがてまた、互いの身体に手を伸ばす。
 江口の汗がぽつんと頬に落ちた。

 窓のむこうには、空。
 さかさまの空が、広がる。


-完-


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