バレンタイン・ラプソディ-1- 



 


質問です。

Q.お付き合いしている人はいますか?
 「いるよ?四年になるかな」
Q.相手の方を例えて言うと?
 「味噌汁」
Q.その意味は?
 「毎日食っても飽きないってカンジ?」
Q.どのような人ですか?
 「年の割にしっかりしていて、頼りになるヤツ。・・・でも、時々物凄くかわいいよ」
Q.色は白いですか、それとも?
 「んー。俺よりずっと黒いね」
Q.体格は?
 「頑丈だよ。何があっても壊れないカンジ」
Q.身長は、もしかして貴方よりも・・・?
 「それは、ヒミツ」(にっこり)
Q.もしかして、あの、以前写真に撮られたモデルの女性とまだお付き合いしているのですか?
 「あれは昔のカノジョ。イイヤツだけどな」
Q.で、のろけをお願いします。
 「え?そんなことも言えって?・・・いいけどさ。顔も性格も物凄く味があって、一緒にいると安心するかな。いろんな意味で相性が良いのがポイント」
Q.・・・最高ののろけを有難うございます。
 「いやいや・・・(←照れている)。ところで、この質問に何の意味があるの?」
A.それは、ナイショです。


質問です。

Q.お付き合いしている人はいますか?
 「はい」
Q.相手の方を例えて言うと?
 「・・・うん。やっぱり高嶺の花・・・かな」
Q.その意味は?
 「俺にはもったいないと思うので」
Q.どのような人ですか?
 「物凄く綺麗で、機転が利いて、懐が広くて、ユニークで、時々可愛くて、とても優しい人です」
Q. 告白はどちらから?
 「俺が拝み倒して。あちらが根負けした形になると思います」
Q.では、のろけをお願いします。
 「かけがえのない人です」
Q.・・・シンプルなのろけを有難うございます。
 「いえ・・・。ところで、この質問に何の意味が?」
A.それは、ナイショです。


 なんとなく周囲がざわめいている気配を感じ、ふとパソコン画面から顔を上げた。
 すると、自分のすぐ近くにあでやかな笑顔をたたえた女性が佇んでいた。
「おつかれさまです」
 薔薇色に美しく染められた肉感的な唇が、にいっと上がる。
「・・・おう、お疲れ。どうしたよ?弥生ちゃんがここまで上がってくるなんて」
 彼女の名前は、橋口弥生。
 この複合型高層ビルに出入りする男性達のハートをわしづかみにしている受付嬢だ。
「ちょうど休憩に入ったので、奈津美さんと挨拶に」
 どこかで設計部事務の本間奈津美の笑い声が聞こえてきた。
「あいさつ?」
「まあ、オフィスにおけるお中元お歳暮って事で」
 綺麗に揃えられた手の平には、リボンをかけられた小さな箱。
 ちょこんと乗っているそれに、納得する。
「あ、そういう挨拶」
「そう。親しき仲にも礼儀ありってことで。有希子さんと奈津美さんと三人連名です」
 今日は2月13日の金曜日。
 バレンタイン・イブである。
 本番は土曜日と、ちょっと商業的に都合がよい業界とそうでない所に別れそうな雰囲気だ。
 仕事に集中していたので忘れていたが、そういえば朝からぼちぼち似たようなものを貰っている。
「三人分にしてはずいぶんちんまいなあ~」
 受け取った箱を手の平の上でもてあそんでいると、柔らかな手が背後からすうっと頬を撫でた。
「だって、池山さんは毎年各方面からたくさん貰うから、大きいと迷惑かけるでしょ。別の時にでもまた改めてきちんとするつもりだから、これは形ばかりの何とやらなの」
 振り向くと、本間の大きな瞳が目に入った。
「一応、手作りよ。有希子さんちで作ったんだから」
「・・・え?」
「そう言う意味でも三人連名ね」
 周囲の男達の耳がぴんと立っているのを感じる。
 どうやら、本間がここへ辿り着くまでに配ったのは手作りではなく、市販のものだったらしい。
 有希子は池山の幼なじみで、女子校では必ず花の女王、大学ではミスキャンパスグランプリ、フランス女優のような美貌は岡本の妻になり子を成した今でも衰えはしない。
 そして、好奇心一杯の大きな黒い瞳でその名の通り夏のような明るさの本間は、実はトラブルメーカーと言いたくなるほど男を吸い寄せる。
 さらに、受付のクールビューティーをプラス。
 鉄壁の三人組の手作りと聞いて、老いも若きも男達はどよめいていた。
 すっかり羨望の的になっているのをひしひしと感じる。
「これは、素直な意味での贈り物なんだよ・・・な?」
「そりゃそうよ。日ごろの感謝を込めて、三人分の愛情を込めたもん」
 本間が口を開けば開くほど、池山はじわじわと首を絞められるような心地だ。
 殺意すら感じる視線に、今夜は明るいうちに絶対帰途に就こうと心に誓った。

「それにしても、腐っても池山さんだね~」
 ふいに本間が、腰をかがめて机のそばに置いてある紙袋をしげしげと覗き込んだ。
「なんだその、めちゃくちゃ失礼な表現は」
 その中には、数日前から仕事関係で接触のある女性達からもらったチョコレートが詰まっていた。
「ん?ほめ言葉よ?だって、この微妙なラインナップ」
「は?」
「・・・美味しいので有名なチョコばっかりなところが、微妙なの」
 床に膝を落とした本間が袋のふちに両手の細い指先をちょこんとかけて上目遣いに見上げ、黒目の大きな小動物に見つめられている心地になって落ち着かない。
「お前・・・。上目遣いが反則って言われたことないか?」
「?」
 まるで、リスがヒマワリの種の袋に前足をかけているようだ。
「・・・あ~。なるほど」
 二人を見比べて、くすりと橋口が笑った。
「たしかに、奈津美さんのその角度ってそそられますね。・・・ちょっと失礼」
 そう言いおいて、彼女も隣にしゃがみ込んで袋の中を覗き込む。
「本当に。見事にレベルの高いチョコレートばかりですね」
「え?そうなんだ」
「私達が本当に義理で配るのって、割と安価でかつ味も確かな国産系量産型タイプなんですが、ちょっと気持ちを乗せたい相手はやっぱり素材の高いパティシエものとか輸入物にしますから。池山さん宛は見事に輸入ものばかりですね」
「あれ?みんな同じじゃないの?」
 すると、二人はにっこり笑って首を振った。
「違います」
「うん、ぜんっぜん違う」
 そして、同時に答える。
「なんと言ってもお値段が、格段に」
 ・・・二人とも、目が笑っていない。
 一瞬、背筋が冷えた。
「・・・へー。そう・・・なんだあ」
「そうなんですよ」
「そうなのよ~」
 聞き耳を立てている周囲からの視線がますます痛い。
 この際、早退してしまいたいと思い始める池山だった。
「で、微妙って?」
「ああ、それでね。お高いチョコばかりだけど、手作りが一つもないあたりがまた池山さんらしいなあと思って」
「あら、本当」
 横から覗き込んだ橋口も目を丸くする。
「・・・なるほどねえ」
「ねー」
 また、二人でわかり合っていて話が見えない。
「つまりは?」
 眉間に皺を寄せると、小動物が小首をかしげた。
「うん、ようはね。池山さんの事は物凄く好きだけど、観賞用の好きなの。だからいつまでも爽やかで手の届かないアイドルのままでいてね、ってチョコレートなの」
「は?」
「ああ、そうそう。奈津美さん、上手いこと言うわ」
「例えばね、アイドルにチョコレート贈ったからって相思相愛にはなれないでしょ?それでいいの。いや、むしろそうでなくちゃいけないの。ただ、好きです~。いつまでも素敵でいて下さい~って言いたいだけなの。だから、最高級だけど、手作りじゃないチョコ」
「・・・ほう。で?手作りチョコの場合は?」
「それは、もう、ダイレクトに好きです、付き合って下さい。もうこの際是非とも結婚して下さいってな勢いの・・・」
 何かが、池山の中で引っかかった。
「ふうん?」
 声がワントーン低くなったのに顔色を変えて、橋口が本間の腕に触れた。
「・・・あ」
 身体を少しかがめて本間の顔を覗き込む。
「で?その口ぶりだと、プロホーズ大作戦手作りチョコを既に見てきたような感じだよな?」
 本間は目を見開いて、唇に手を当てた。
「ん?」
 先を促すと、少し視線をさまよわせる。
「本間?」
「・・・てへ」


「・・・で、なんでオレ達ここにいるの・・・」
 岡本の呆然とした呟きは異様な熱気の中に吸い込まれていく。
「しかも、銀座って、なんで仕事6時で切り上げて銀座・・・」
 彼が両足で踏みしめている床は、銀座の老舗デパートの特別催会場だった。
「そりゃ、バレンタインだからだろ」
 ふ、と鼻で笑う池山は、逃げ腰の岡本のコートをがっちり掴んだまま離さない。
 ほぼバレンタイン最終販売合戦ときて、売る側はもちろん必死だが、それより何より、本命用なのか自宅用なのか高級チョコレートに群がる女性達の熱気は最高潮に達していると言って良い。
 そこはかとなく漂うチョコレートの甘い香りと、女性達の熱気と執念にもう既に岡本は酔いそうだった。
 と、そこへ立石が地図を片手に戻ってきた。
「池山、やっぱ、カッシーニとかいうやつは右手奥にすごい列が出来てた」
「え?そのチョコ、池山も貰ってないくらいたっかいヤツなんだろ?なんでそんなに列が出来てんの?東京にはお金持ちの女がそんなにたくさんいるのか?」
「まあ、それもあるかもしれないが、どうやらショコラティエ本人が急遽来日しているらしく、それを知った女性達が殺到しているってフロア係が教えてくれた」
「え~。要するに、これからえんえんっと並ぶって事?」
「わざわざここまで来たんだ、やるに決まってるだろ」
 行くぞ、と顎で行き先を示してすたすた歩き始めた立石の広い背中を、恨めしげに見つめる。
「立石、なにげにやる気満々だな・・・」
 池山が銀座へ行くという話を持ちかけて、一番に乗ってきたのは立石だった。
 更にたまたまその場に居合わせた岡本が当然巻き添えを食い、三人で銀座まで繰り出す結果になった。
「がんばれ、岡本。有希子はもともとこういう高級感満載でオシャレなチョコが好きなんだからさ」
 はあーっと全身の酸素が抜けてしまいそうなため息が、背後の池山にもはっきり聞こえた。

 そもそも、わざわざ銀座くんだりまでやってきたのには理由がある。
 一つは、池山のもらったチョコをじっくり検分した二人が同時に呟いたのだ。

「さすがに、マリオ・カッシーニはないですね・・・」
「ないねえ。それこそ、お値段の本気具合が手作りチョコに相当するもんね」
 二人はかなりのスイーツ通である。
 味覚は人によって差があるので好みが分かれるところだが、世界的に今一番もてはやされているショコラティエはニューヨークに店を構えるマリオ・カッシーニで、彼のチョコレートが今年銀座の老舗デパートに期間限定で出店するという情報を教えてくれた。
 その出店期間というのが、12日から三日間のみ。
 そして、二人がわざわざ出歯亀宜しく検分してアドバイスしたのには理由がある。
 それが、もう一つの理由だった。

 話はもちろん、三時の頃に巻き戻る。

「本間?」
「・・・てへ」
 ぺろん、と猫のように薄い舌を出し肩を可愛くすくめてそそくさと逃げようとする本間を難なくつかまえて、顔を寄せる。
「なーつみ・ちゃん?」
 鼻と鼻がすり寄りそうな距離に、手の平の下の本間の肩が少し固くなった。
「ここまでゲロっといてそりゃねえだろ?正直に洗いざらい言わねーと・・・」
「もしもし、池山さん?」
 珍しく本間が焦っている。
 気心の知れた仲間内ではやりたい放題の本間も、仕事場ではさすがに多少の猫を被っているだけに受け身に回る。
 本来なら強く出るところをそれが出来ず、対処に困っているのだと容易に想像が付く。
「・・・キスするぞ」
 唇は、もう目の前だ。
 がたん、と、目の端に誰かが立ち上がるのが見えた。
 方向からすると、事務職の赤坂だろうか。
 別に、どうでもいいことだが。
「い、いいいけやまさん?」
「ほら、どうするよ、なつみ」
 声を低めて、甘く囁く。
 昔は、これでかなりの数の女を落としてきた。
 自信はある。
 床に膝をついて後ずさる本間に身体を寄せて更に追い詰めると、そこでいきなり額に手をかけられ背後へと軽く押しやられた。
「はい、そこまで」
 見た目より筋力のある橋口が仁王立ちしていた。
「ものすごく面白いけど、いちおう就業中だから」
 ふと視線を上げると、口を大きく開いて直立している赤坂を始め、何人かが自分たちを凝視している。
「池山さん、これ以上やるとさすがにセクハラで上訴されるわよ」
「・・・はいはい」
 もっともなので、両手を離すと、本間は脱兎の勢いで立ち上がり橋口の首に両腕を巻き付けて抱きついた。
 そんな本間を優しく橋口は抱き留める。
「弥生さ~ん、ありがとう~」
 若い女が二人でひしと抱き合う姿に、また別のどよめきが上がる。
「はいはい。お礼は、池山さんから頂戴しましょうね」
 ぽんぽん、と背中を叩いて慰めたあと、本間の肩越しににっこり笑った。
「情報料、慰謝料込みでってことで、如何です?池山さん」
「・・・最近思うんだけどさ。オレの知る限り、お前さんは西の横綱だな、その最強具合」
 昔は暴君ぶりを遺憾なく発揮していた姉の千鶴と幼馴染みの有希子も、結婚してからはさすがに随分と丸くなり、そのしたたかさと頭の回転の速さで橋口の敵ではない。
「あら、有難うございます。ちなみに念のためにお聞きしますが、東の横綱は?」
 にいーっと笑うその唇に目を奪われながら、池山はため息つきつき腰を上げた。
「長谷川」
 池山の元彼女で橋口たちとも友人の長谷川生は、子供を産んだからこそ、最強の女だと思う。
「それは光栄至極」
 いつか、その東の横綱すら超えそうで怖いとは、さすがに口にしなかった。
「で、時間がないので、話を進めて良いですか?」
 にっこりと営業モード全開の笑みを浮かべる。
 その切り替えの早さと話術は、おそらく自分を含めてここにいる営業職全員束になっても敵わない。
 この女はどの国へ行っても、どの職業に就いても生きていける。
 しみじみ思った。

 営業フロアの視線を一身に浴びてしまったので、場所をいったん変えて三人で額を付き合わせる。
 橋口はそろそろ受付業務に戻らねばならない時間なので、「手短に言いますね」と前置きした。
「私の従姉が数年前に玉の輿に乗ったもののヒマなんで、今はプチセレブ相手の料理教室をやってるんです」
「・・・ならほど」
 受付を見下ろす2階の打ち合わせ用テーブルを囲んでの密談だ。
 何人かそばを通り過ぎるものの、三人の醸し出す濃い空気に、触らぬ神にたたりなしを決め込み、中には迂回する者まで現われた。
 しかし、今はそんなことに構っている場合ではない。
「で、忙しい時だけ私が助手として入るんです。主にクリスマスディナー、おせち料理、バレンタイン。この三つは臨時講座を設けるので。今年はとくにバレンタインの希望者が多くて、奈津美ちゃんもちょっと手伝ってもらったわけです」
 隣でこくこくと本間が首を縦に振っている。
 まだ少し警戒モードなところが、ますます小動物めいていて可愛いと言ったら、パンチを食らいそうでやめておいた。
 「ん。それで?」
 頬杖をついて先を促した。
 彼女たちの話をによると、高級住宅地という場所柄とヨーロッパへ数年駐在していた経験で箔が付き、彼女の思いつきで始めたサイドビジネスは絶好調なのだそうだ。
「こちらも色々と忙しくて、朝一番の講座は免除させてもらったのですが、その片付けの時に・・・、見かけたんです」
「誰を?」
「海野さんです」
「うみの?・・・誰だっけ・・・」
 首をひねると、本間がぽそりと答えた。
「有希子さんの後釜の人。九月から事務職で入ったでしょ」
「・・・ああ」
 そういえば、そんな子がいたような。
 保坂有希子は池山の幼なじみで、同僚の岡本と結婚するまでは立石、岡本、江口の所属課の事務職だったが、社内規定で、結婚してからは同じフロアの別の課へ異動した。ところが彼女の産休期間に後任が決まらなかったのでとりあえず派遣で繋ぎ、九月になってからようやく中途採用した若い女性に収まった。
 在席してからおよそ半年になるが、池山とは接触のない部署だったため印象はかなり薄い。
「ええと・・・。どっかのお嬢さん、だよな、コネだから」
「そうそう。旧財閥の流れのお家だったかな。とはいえうちに入る程度の、なんだけど、オーストリア帰りのご令嬢。」
「それで、プチ・セレブ・・・」
「そう。それくらいのプチ・セレブ」
 ハードワークのこの業界に腰掛けとはいえ就職したと言うことは、世界を騒がすアメリカのセレブリティたちに比べたら庶民のようなものだ。
 有名私立幼稚園から大学までエスカレーターに乗り、少し留学、そして習いごとをしつつ社会勉強を数年したら結婚。
 一昔前の女性像のようにも見えるが、意外なことに今も結構存在する。
「・・・もしかして」
「はい」
「その料理教室で作ったチョコレートを、江口が受け取ったって事?」
「ご名答」
 覚えの良い生徒を目の前にした教師のような、満足げな微笑みを橋口が浮かべた。
「従姉の教室は菓子作りからラッピングまで面倒見るから人気があります。もちろんラッピング素材もヨーロッパから取り寄せたのを色々用意して生徒同士が被らないようにして・・・。で、その講座の準備は私と奈津美ちゃんが昨年から関わっていたから紙もリボンもある程度覚えていたんです」
 だから、受け渡しの現場を見ていなくても、先ほど立石達に義理チョコを届けた本間と橋口は江口の持ち物の中から見えていたチョコレートを見てぴんと来た。
「スタッフとして動き回っている私達に気が付かないくらい真剣にラッピングしているなあとは思っていたんだけど、まさか江口さんにとはねえ」
 くふふと、本間が握り込んだ拳を口元にあてて笑う。
「ちなみに、その講座、材料費込みで一万円ぽっきり」
「え?そんなにするの?」
 思わず前のめりになって尋ねると、二人はいたって涼しげな顔である。
「まあ、安い方ですよ。上には上があります」
「いちまんえん・・・」
「でね。岡本さん達にちらっと聞いたんだけど、どうやら思い詰めた風でチョコレート持ってくる女の子、けっこういたらしいよ」
 岡本が言うなら、それはデマではなく真実にちがいない。
「なんで・・・。なに?モテ期かよ?アイツいつの間にブレイクしたの?」
 少し目眩を感じて額を押さえる。
「確実に、何回目かのモテ期ですね。いまやこの社屋で夫にしたい男ナンバーワンですね、きっと」
「わけわからん・・・」
「池山さ~ん、だいじょーぶう?頭抱えている場合じゃないよ?今、江口さんは『だるまさんが転んだ』状態なんだから、キケンだよ?」
「・・・だるまさんがころんだ?」
「・・・相変わらず、奈津美ちゃん、上手いこと言いますねえ」
 はーっと、橋口が感嘆のため息をつく。
「なに、それ。だるまさんがころんだって、どういうこと?」
「ようは、ちょっと油断している間にだんだん・・・と、後ろから距離を詰められる感じ?どの子も悪い子じゃないけど、静か~に、じっくり、じっと~りと、さりげなく近付いていって・・・」
 がしっ、といきなり両手で腕を掴まれた。
「わっ!」
「・・・とまあ、こんな感じで生け捕りになるっていうか・・・」
「し、心臓に悪いって・・・」
「どの子もおとなしめで育ちが良いけど、こうと決めたら怖いよ?江口さんも人前で泣かせるわけにはいかないからどれも受け取ったみたいだけど、大阪冬の陣みたいに外堀からちまちま埋めていくタイプは、マジ怖いから」
 本間の瞳は真剣そのものだった。
「・・・で、オレにどうしろと・・・」
 小さな呟きを聞くやいなや、二人は顔を見合わせ、にいいと笑った。
「・・・バレンタインって、そもそも女から告白するためだけの日じゃないから」
「そうですね」
 彼女たちの言わんとすることは・・・。
「たまには江口さんをとろけさせてみたくない?」
 本間はポケットの中から小さく畳んだ紙片を開いて見せた。
「・・・それって、ほんとに秘策なのかな」
「秘策ですよ、もちろん」
「そうそう、秘策中の秘策」
 ・・・詰め寄る女達の笑みはますますぎらぎらと力を増し、池山は早々に白旗を上げた。
「・・・負けました」

-つづく-


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