『かつげき!まんばぐみ-4-』
彼を見かけたことはもちろん何度もあった。
その異様な姿は、どこにいても目を引く。
たとえそれが、彼の望まざることであったとしても。
『それでは頼みますね』
審神者が部屋の奥を振り返ると、書棚の陰から白い布がはためいた。
『隊長山姥切国広』
着古してボロボロの覆いから覗くその肌は、胡粉に蜂蜜を混ぜて練り上げたよう。
蜜そのもののような色と光を放つ金の髪は目元をさらに隠すためなのか長くのばされ、その下の瞳はプルシャンブルーの輝石。
これが、審神者に最も寵愛される男。
『まったく…写しの俺に何を期待してるんだか』
薄い桜色の唇から吐き出されるのは硬質な声。
そして、強固に張り巡らされた拒絶の意思。
それでも。
彼は宣言する。
『第1部隊、出陣する!』
心の奥底の、憧れと弱さを必死で隠しながら。
ここは永禄8年京都。
時間の壁を破るノイズがかつてない規模で観測されたため、第一部隊は派兵された。
降り立った瞬間から戦闘が始まり、更に目と鼻の先の街道でいくつもの遺体を発見。
時間遡行軍が関わっている可能性が高いため、調査のために京の町へ足をのばすことに決まった。
空は、先ほどの惨事がまるでなかったかのように青く澄んで、涼しい風が頬を撫でて通り過ぎていく。
『この時期の京となると…』
『ああ。永禄の変が起きたばかりだな。顕現して京に来たことは?』
『実はほとんどない』
『そうか。では懐かしいだろう。俺達は足利の宝剣として共にいた時もあったのだからな』
『言っただろう。俺は焼かれる前の事を覚えてないんだ。記憶にあるのは炎だけ…』
傍らを歩く三日月宗近とつらつらと会話を交わしながらも、前方を歩く男の背中を見つめていた。
骨喰藤四郎は、第一部隊に初めて参入した。
さすがに選りすぐりの付喪神たちとあって、今まで誰とも組んだことがない。
新入りとして務めを果たしつつ、もう一つの目的に目を向けた。
何か、きっかけはつかめないものかと。
何か。
とりあえず、足を進める。
『へぇ。君も足利宝剣の一つだったんだ』
髭切が無邪気な笑みを浮かべ、うまい具合に話しかけてきた。
しかも、その内容は格好の餌でもある。
『大典太もそうだよ。僕も少し縁がある』
弟の名前すら覚えていないというスタンスをとるくせに、彼はこういう時に限ってさらりと天下五剣の名前を口にする。
『御大層に蔵の中にしまわれてただけだ』
雅な空気を必要以上に振りまく三日月と対極的に、大典太光世は野性的な物腰だった。
そして宝剣として崇められ、それが過ぎて実戦に臨場できなかったことが気に入らなかったらしくそれをよく口にする。
だが、蔵の中で眠っていた時が長すぎたのだろうか。
剣の先のように尖った容姿の割には、心根は子供のように純と見える。
そして僅かに、『彼』の、地雷を踏んだことに気付かない。
前を歩く『彼』は、彼らの会話に加わらず、黙ったままだ。
それはそうだ。
足利義輝に縁のないのは、『彼』一人なのだから。
だから。
あえて、話しかけよう。
こういう時には、清純な少女のようだと賞賛される見た目が役に立つ。
『山姥切は?』
ぐさりと、彼の心の深い所を容赦なく突き刺した。
途端に、彼は息を飲んで、みるみる青ざめていく。
『足利宝剣、源氏の重宝、天下五剣。いずれも名だたる名刀ばかりか…』
わかりきったことを。
『なのに俺は…』
最初に編成を告げられた時から心の中をじわじわと蝕んでいたに違いないコンプレックスが、彼の表面に浮かび出てくる。
いつもの澄んだ声は、どす黒い色に染まり、まるで別人のようだ。
これはこれで面白い。
もう少しつついてみたかったが、三日月宗近が軽くいなしたため、ここはいったん引くことにした。
「おかえりー。どうだった?第一部隊。かっこよかったっしょー?」
部屋に戻ると同室の鯰尾藤四郎が暢気な声で出迎えた。
「うん。強いね。驚いたよ」
「もう俺、編成聞いた時にうっわーって叫んだもんね。天下五剣二人に、源氏兄弟と山姥切だろう。めっちゃエリート集団だよな!!」
その中に入るなんてお前は本当に凄いな、と、本気でほめてくるあたり、鯰尾のあけっぴろげな人のよさが表れている。
全く装うことなく、素直な表情を浮かべる彼の顔を見ると、ほっと身体が緩んできた。
鯰尾藤四郎のことは無二の存在と思っている。
だけど。
ちょっと、味見もしてみたくなるんだよなあ・・・。
骨喰藤四郎はわずかに唇をあげた。
「・・・あ。なんかわるだくみしてる」
ふだんは鈍感なのに、こういう時だけ鼻の利く鯰尾が目をひそめた。
「うん?俺、そんな顔したかな?」
「うん。そんな顔だったよ」
「鯰尾~。どこ~?」
遠くから前田藤四郎の呼び声が聞こえた。
「あ。いけね。今日は馬当番だった!やばい!!」
前田は、怒ったら結構怖い。
「ははは。がんばって」
あわてて馬仕事の服に着替えた鯰尾が、髪がぐしゃぐしゃに乱れたまま廊下に走り出した。
ひらひらとその背中に手を振りながら、また、思いの中に沈んだ。
天下五剣じゃないからと、宝剣じゃないからと、写しの自分なんてと、ないものねだりの山姥切国広。
平成の世に、足利の町へ莫大な経済効果をもたらしたという逸話もあるにもかかわらず、彼は己の価値を認めない。
いや、誰かに認めてほしいのだ。
「でもね・・・」
その、今にも泣きそうな顔が、すごくクル。
ドロドロに汚れれば汚れるほど、美しさが際立つ。
それは、泥の中に咲く蓮の花のようだ。
だから、みんなあえて彼を救い出さない。
「泣かせてみたかったな」
泣いて、泣いて、縋ってきたら、すごくイイ。
「仲直りのセックスはすごく気持ちいいって、誰か言ったっけ」
鯰尾との開放的な交感はもちろん好きだ。
生きている、という気がする。
だけど。
泣かせて、身もだえさせて、甘い毒を注いでみたい。
そう思わせるところが、山姥切の中にある。
「次の任務、少し楽しみかも・・・」
春の陽だまりののどかな空気で満ちた縁側で、骨喰藤四郎はひそりと笑う。
それは、繊細な白い花弁の花のように清純で、あるゆる生き物の知覚をくすぐるように甘い芳香をまとっていた。
奥底の、獣が爪をとぐ。
-完-