『かつげき!まんばぐみ-5-』
『我ら兄弟の手にかかればこの程度造作もないな。兄者』
兄者さえいれば、他はいらない。
そう思っていたけれど。
『おい三日月。この程度お前一人で倒せるだろ』
大太刀を一振りで滅した後、国宝に言い放つ。
その声は涼やかで、一切動じた風がなく、幾多の戦場をくぐりぬけたもののふの顔をしていた。
山姥切国広。
第一部隊の頂点に立つ男。
「・・・なんか、カッコイイな」
一瞬だけど、見惚れてしまった。
空を見上げると、任務でのことが思い出された。
青い空。
雲が遠い。
こんな色の空の下、京を目指して歩いていると最後尾の骨喰藤四郎と三日月宗近が雑談を始めた。
『この時期の京となると…』
『ああ。永禄の変が起きたばかりだな。顕現して京に来たことは?』
『実はほとんどない』
『そうか。では懐かしいだろう。俺達は足利の宝剣として共にいた時もあったのだからな』
『言っただろう。俺は焼かれる前の事を覚えてないんだ。記憶にあるのは炎だけ…』
記憶がないのが骨喰の瑕ならば、『彼』の『瑕』は?
こんな好機、逃す手はない。
『へぇ。君「も」、足利宝剣の一つだったんだ』
いかにも無邪気そうに装って、言葉を放った。
少し先を歩く『彼』が息を止めたのを、感じつつ。
『大典太もそうだよ。僕も少し縁がある』
三日月宗近は国宝。大典太光世は天下五剣、自分たちは源氏の重宝、そして骨喰藤四郎は足利義輝に最も愛された刀剣。
ぐるりと包囲して、その心に突き刺す。
『御大層に蔵の中にしまわれてただけだ』
大典太のコンプレックスなんて、ないものねだりもいいとこにしか聞こえないに違いない。
さて、これからどうしよう?
次の手札を選ぶ前に、するりと骨喰が割って入った。
『山姥切は?』
少女めいた容姿をしているけれど。
いや、だからこそなのか。
骨喰藤四郎は蝶の羽を生きたまま千切るような悪戯を、清らかな微笑を浮かべたままやってのける。
やるねえ。
内心舌を巻いた。
そして骨喰も、狙っていたのだと気づく。
『彼』の瞳が揺れる瞬間を。
『彼』の、一番柔らかなところに潜り込む機会を。
『足利宝剣、源氏の重宝、天下五剣。いずれも名だたる名刀ばかりか…』
『なのに俺は…』
顔を隠し、身の置き所がないと肩を震わせるその姿こそ、自分たちが今一番見たかったもの。
なんて甘美なんだろう。
『彼』の、心の悲鳴は。
第一部隊は、もちろん、審神者選りすぐりの付喪神で構成される。
その頂点に、山姥切国広が立った。
審神者と三日月宗近の思惑のあってのことに違いないが、彼が立つことになんら異存はない。
天正十八年に当時の足利城主だった長尾顕長が、堀川国広に依頼して一振りの刀を打たせた。
刀身には『山姥切』の号と長義作の太刀の写しである由縁が刻まれ、顕現したのが 山姥切国広。
その本歌をも凌駕すると、『国広』の最高傑作だと、世間からどれほど賛辞を贈られていても、己を恥じずにはいられない付喪神。
昭和の世になり所在が明らかになるまで、流転しつづけたことも起因するのだろうか。
だが世間に注視されない、いわば名もなき者たちが主であったことが彼の一番の強みだと自分は思う。
おそらく審神者自身がそれに気がついているからこそ、誰よりも山姥切国広に信頼を置いているのだろう。
山姥切国広が関わりのあった人物のほとんどは、時間遡行軍のターゲットになりえない。
つまり、どの国、どの時代に降臨しても、何も思い煩うことなく冷静に物事を判断し、任務を全うすることが可能なのだ。
少なくとも幕末に活躍した者の刀剣のように、元の主への思慕に執着し、任務と忠誠の間でもがき苦しむことはない。
『彼』は―――。
戦場において決断は早く、隊員を駒として扱うことなく、疾風のごとく駆け回った。
一切の迷いはなく、まっすぐに敵の懐に飛び込み、破壊する。
容赦ないその太刀筋に、哲学すら感じる。
鬼神と呼ばれてもおかしくない男。
だけど、時には危険なほどに、甘い。
最初は、弟の視線だった。
珍しく何かに見とれているな、と思ったら、ボロ布を被った男がその先で戦っていた。
頑なで、アンバランスな男。
山姥切国広。
顔から上半身にかけては入念に固めて隠しているくせに、肘から先は丸出し、下半身なんて全く構わずスラックスにいつもほつれや破れが入ったままだ。
頭を隠してなんとやらがそのまんまだな、と言うのが一番に浮かんだ感想だ。
だけど、白い腕が繰り出す太刀筋は百戦錬磨で見事なもの。
「なんか、かっこイイな・・・」
お前の思いに、俺は同意した。
お前がそんなに気に入ったなら。
ちょっと触れてみたいな、と、思う。
味わってみたいじゃないか。
彼の、奥底の、柔らかい部分を。
強い部分も、弱い部分も、綺麗な身体も、深い心の闇も。
弟と余さず平らげたら、さぞ楽しかろう。
「さて。どうしたものかな・・・」
彼を、手に入れるなら。
彼を、手に入れたなら。
雲の行く末を眺めながら、髭切はわずかに舌先を出して唇を舐めた。
とても、うまそうだ。
-完-