『かつげき!まんばぐみ-6-』



 
「話が違う」

 不満たっぷりの声に、来たか、と、燭台切光忠は内心ため息をついた。
「そうだねえ。僕の見立て違いだったようだね」
 軽くかわしたつもりだが、そうは問屋が卸さないのは目の前の少年の瞳が雄弁に語っている。
 彼は審神者。
 この本丸に属する数十人の付喪神たちを束ねるものであり、自分とはいわば上司の関係。
 たとえ、見た目がローティーンの少年であったとしても。
「みたてちがい・・・。ですか」
 言葉遣いは丁寧でまるでコンピューターのように頭脳明晰であるけれど、心まではそうではないらしく、年相応。
「僕は、あなたを信じていたのに・・・」
 恨みつらみの念がじわじわと酸素を侵食していった。
 勘弁してくれと、どこかに向かって叫びたいが、この本丸のどこにもさらけ出せる場所はなく。
「あ・・・まあ、ごめんね?」
 へらりと、謝罪の言葉を口にする。
「・・・ご」
 上等な机の上に数々の資料を広げ、ちょこんと愛らしく座っていた審神者が錆びたロボットのようにぎぎぎ・・・と首をめぐらせた。
「ご?」
 聞き返すと、彼はくわっと目を見開き、これまで見たことの内容な形相で叫んだ。
「ごめんですむなら、けいさつはいるか~っ!!」
 割と広めに造られた室内で、審神者の声がこだました。
 だがしかし。
 あえて、燭台切は問う。
「・・・ええと、ごめん。警察、って、なに?」
 なぜならば、幕末以前の時代情報しか知らない燭台切にはとんと思い当たらない言葉であったから。
「うわああああ~。お前なんか、大っ嫌いだ~っ!!」
「う、うわ、ち、ちょっと、落ち着いて、主」

 燭台切光忠。
 近侍を任されることが多く、参謀を主な仕事としていることに、表向きにはなっている。
 しかし、実際のところは守り役が9割だと、ほとんど知られていない。
 本丸苦労役三人衆の一人である。


「だってこれ以上の布陣はないと思ったのは、主も一緒でしょう?」
 審神者の好物、練乳入りホットミルクを用意しながら燭台切は諭す。
「全員、相方との絆の深そうな刀剣で選んだのだから」
「うん・・・そうでした」
 思いっきり爆発して、八つ当たりして気が済んだ審神者は、今度はしおしおとしおれて机に伏せている。
「源氏兄弟に、大典太光世、骨喰藤四郎。どれも番がいるから安全牌だと思ったのに・・・」
 いきなり起き上がると指先をコンソールに滑らせ、次々と画像を呼び出した。
「これって、どういうこと?みんな、何よそ見してるの?」
 ばばばばば・・・っと大画面に広がるのは、永禄八年へ出陣した第一部隊の様子を切り取った画像の数々。
 それらは二日間の隊員たちの姿であるが、共通点が一つだけある。
 どれもどこかに必ず山姥切国広らしきものが映り込んでいて、それを視線で追っているということ。
「いや、主もよくこれだけ見つけたね…」
 中には布の端が微かにあるだけで、その方向に山姥切がいると認識できてしまう点が凄すぎる。
 この力、他にもっと生かせたら・・・などと口にすることは到底できないが。
「わかります。山姥切国広だから」
「ああ・・・。えっと・・・。そうですか」
 山姥切国広は、審神者がこの本丸に降臨する折に選んだ初めての刀だった。
 ほかの刀剣たちが集まるまで、しばらく二人で行動し、時間遡行軍とも戦った。
 だからなのだろうか。
 まるで卵から孵ったひよこのように、山姥切国広を慕い続けている。
 寵愛と表現するには審神者はこの通り幼くて、年上の幼馴染に憧れる、いわば淡い初恋といったところだろうか。
「だいたい、ソハヤノツルキは何してるんだ。大典太にこんな顔をさせて・・・っ」
 大画面に映し出されるのは、台車をひとり曳きながら歩く大典太光世。
 前を歩く山姥切に目は釘付けで、しかもにへらと笑ったその顔は崩壊して宝剣の凄み有難みもなにもあったものじゃない。
「うーん。ソハヤノツルキとは別に番ではないんじゃない?僕は最初からそう言ったと思うけど・・・」
 そうなのだ。
 たまたま条件が重なってソハヤノツルキと大典太光世を同室にしただけで、そうして欲しいと二人から頼まれたわけではない。
 それにいくら二人部屋同室だからと言って、くっつかなければならないという規則はなかったはずだ。
 というか、そんなことになったら相部屋を割り振られている刀剣たちに激震が起きるし、風紀取り締まりの長谷部(守り役三人衆のひとり)が発狂してしまうだろう。
「なんだソハヤノツルキの根性なし。大典太ひとり捕まえることもできないなんて」
 審神者は何故か彼らを夫婦と決めてかかっていたのだ。
 そちらのほうがたいがい失礼だ。
「いや~。それはさあ、個人の自由だし」
 ソハヤノツルキと大典太光世がこの場にいなくて良かった。
 もしこの話を聞いていたならば、彼らは一瞬にして刀壊していたかもしれない。
 燭台切は心の中で十字を切った。
「じゃあなに、源氏兄弟と骨喰・鯰尾たちも違ったってわけですか?」
「うーん。あそこは本当に絆がすごく深くて、他所の入る隙間はないと思ってるけどね」
「思ってるけど?」
「う・・・。そうだな。ええと、あれもこれも、山姥切のフェロモンのせいだよ、きっと」
「ふぇろもん・・・」
「山姥切が魅力的なのがいけないんだよ。彼も罪だよね~」
 あははははーと、笑い飛ばしてみたものの、その声は空回りするばかりで、虚しく執務室に響いた。
 沈黙が痛い。
「・・・じゃあ、次回は別の刀剣を入れてみるかな?ああそうだ。太郎太刀とかどうかな?ストイックだし・・・」
「太郎太刀は絶対ムッツリだと思う。ああいうのが一番危険極まりない」
 審神者はばっさり切り捨てた。
「ええ・・・そう?そうかなあ。じゃあ、次郎太刀」
 ムッツリって?
 審神者、その上品そうな口で何言いだすの?
 さすがの燭台切もあっけにとられ、適当な球を放り投げてしまった。
「次郎太刀は燃料切れになった途端使えない」
 次郎太刀は無類の酒好きで、戦場に酒の甕下げて参戦する猛者だ。
 そういえば一度、あの甕が敵に割られた途端怒りで鬼と化したまでは良かったけど、帰り道が面倒くさかったっけと思い出す。
「じゃあこの際、山伏国広で」
 同じ国広の手によって生まれた兄弟刀の山伏は、山姥切に惑うことはまずない。
「それは何度も考えたけど、遠征部隊の方に彼は欠かせないから駄目」
 野山の知識に長けている彼は、長旅の作戦こそ役に立つ。
 少しは冷静な判断をする力が残っているのだなと、胸をなで下ろすと審神者がいら立ちの声を上げた。
「ほかにいないの?」
「・・・ありません」
 六十数体どれもこれもご期待に沿えそうにありません。
 この言葉を言ったところで酸素がさらに薄くなるだけだと解っているから、話題を変えた。
「ええと。・・・おかわりは如何ですか、主」
 カップの中のミルクは空っぽだ。
 次は練乳多めにきな粉入りでどうだ。
 ところが。
「結構です」
 反抗期かよ。
 燭台切光忠は心の中で天を仰いだ。


「まあまあまあ。それぐらいで許してやれ。主」
 のんびりした口調に振り向くと、いつの間に入室したのか、三日月宗近が立っていた。
「みなが無事に任務を終えることが一番だろ。それを忘れてはいかんな」
「あ・・・。そうでした」
 すっと審神者の背筋が伸びて、いつもの冷静沈着で賢い少年の顔に戻る。
「足利義輝を操るために動員された、幾多もの時間遡行軍を瞬く間に殲滅した。それだけで充分なのに・・・」
「そう思ってくれるとありがたい」
「はい。取り乱して見苦しい所をお見せして、すみませんでした」
 審神者広げていた画面を閉じて、現在、第二部隊が降りているはずの慶応2年1月23日の京都に切り替える。
「こちらも、一筋縄ではいかないようですね」
「そのようだな。大政奉還に絡んだ仕掛けがあるとして・・・」
 画面をのぞき込みながら二人が任務について語りだしたところで、燭台切光忠は机上のミルクカップを片付けて静かにその場を離れることにした。
 扉を閉める瞬間、三日月宗近と目が合う。
 紺色の瞳の真ん中で金色の光がきん、と煌めいた。
 三日月の、鋭い切っ先を思い出す。
『・・・世話をかけたな』
 整いすぎた唇が、かすかに動く。
「・・・いえ」
 軽く会釈をして、扉を閉じた。


「・・・こわ」
 指先が、一瞬にして凍った。
 あの視線。
 思い浮かべるだけでも冷や汗が出る。
 審神者は、山姥切国広に対する想いとは違う形で、三日月宗近に全幅の信頼を寄せている。
 相談役、という位置に悠々と座する三日月宗近は、気の向くままに本丸を歩き、ただのんびり寛いでいるだけに見えるが、その実は周囲への目配りを怠らない。
 彼の関知しないものは、たとえ床に落ちている糸くず一つないだろう。
 自らを「爺」と称して楽隠居を好むかのような口ぶりの三日月宗近が、精鋭だからこそ激務の第一部隊にわざわざ加わり、しかも副将。
 裏がないと考える方が無理だ。
 あれほど危険な男はいない。
 なのに、審神者は彼を信じ切り、些細な事まで教えを乞う。
「・・・まあ、俺がどうにかできる問題じゃないし」
 燭台切光忠は深くため息をついた。
 三日月宗近は、審神者を操りたいわけではない。
 世界を守るなどと言う大志を抱いているわけでもない。
 もちろん、征服者などもってのほか。
 ただ。
 あるものが目に入り、それを手に入れる過程に、審神者がいただけのこと。
 「山姥切国広・・・」
 面倒な男に気に入られてしまったな。
 心から同情する。

 彼にとらわれるのか。
 彼をとらえるのか。

 行く先は、ふたりにしかわからない。


 -完-


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