『きぬぎぬ。』




草木の、爽やかな香りを感じてうっすらと瞼を上げる。
「おはようございます」
唇に柔らかなものが触れた。
声の主を確かめねばと思うけれど、寝床の心地よさについ、まどろみの中に溶けていく。
「おや・・・」
ふっと笑う気配を感じるけれど、瞼と身体の覚醒にはほど遠い。
「どうしてくれよう・・・」
 耳だけはかろうじて音を拾うけれどそれの意味を考える力が出ず、やわやわと優しい感触が額から瞼を通って頬を伝うのをぼんやりと受け止めた。
 さらりと、肩に絹糸のようなものが降りかかり、香木をたきしめた香りが鼻腔をくすぐる。
 全身を包むのは、なめらかな肌触り。
 足を、胸を、ゆるやかに通り過ぎる。
「起きて下さい・・・」
 囁きが熱とともに唇へ落ちてきた。
 何度も唇をついばまれて、喉が鳴る。
「ん・・・」
「・・・かわいい」
 笑われて、目を閉じたまま相手の顔を押しのけようとした。
「かわいいとか・・・言うな」
「それは、無理ですね・・・」
 両手を取られ、足を絡められ、胸をこすり合せられて、その肌触りにぞくりと、背筋に強烈な感覚が走る。
「ふ・・・っ」
 瞼を上げると、目の前には、清々しい笑み。
「た、太郎・・・太刀」
「おはようございます、山姥切」
 頬に、つやつやとした長い髪が落ちてくる。
 身体の両脇に肘を突いて自分を囲い込んだ彼のむき出しの肩のなまめかしさに、一気に目が覚めた。
「な・・・」
「身体は、大丈夫ですか?」
 問われて、ようやく状況が飲み込めた。
「・・・だ・・・っ、大丈夫とかっ・・・て、あんたが聞くか?」
 耳が、焼け切れそうに熱い。
 夜更けまで何があったかなんて、思い出そうとするだけで、息が止まりそうだ。
 その上。
「あっ・・・」
 異質な物が、絡められた両足の中でその存在を主張している。
「おや、ばれましたか」
 しれっと肩をすくめながら、さらにそれを押しつけてくるのは、目の前の男だ。
「あ・・・っ、ちょっと、ちょっと待った・・・っ!」
「待てませんね。朝ですし」
「あ、朝だからって・・・っ、なんで・・・っ、んっ」
 上から体重を掛けて下肢をこすりあわされているうちに、自分の中に潜む別の部分が目覚めていく。
「あ・・・。んっ」
「あなたが、可愛すぎるのがいけない・・・」
 耳をかすめる、太郎太刀の息が、弾んでいる。
「我慢、出来るわけないでしょう」
 腰をゆっくり回されて、固くなった二つの雄芯の先端が互いの腹に挟まれたままぶつかり、刺激に悲鳴を上げた。
「ひ・・・」
 声を噛み消そうとしたけれど、唇の甘い誘いに抗えず、舌を差し出す。
 強く吸われて痛いはずなのに頭を傾け、先を、もっと求めてしまった。
「山姥切・・・」
 唇と、舌と、胸と、足。
 それぞれ交わして高めあい、絡めた指先から熱を感じて、昨日の夜を辿る。
「や・・・だ」
 後ろの穴を濡れた亀頭が思わせぶりに触れてくるのを感じて身をよじるが、難なく捕まってしまう。
「大丈夫、入ります」
「うそ・・・・つき」
 身体は大丈夫か、と、気遣ったその口で。
 詰ると、少し困ったような顔で謝ってくる。
「・・・すみません」
 しかし次には、熱い吐息と舌先が唇を攻めてきた。
「でも、入りたい・・・」
「ん・・・う・・・」
 甘い唾液を流し込まれて飲み込む。
「だめですか?」
 請われて、つい握り込んでいた指の力を抜いてしまう。
「どうして・・・。そんな・・・」
 了承したつもりはなかった。
 でも、拒絶も出来ない。
「だって、欲しい物は、欲しいから」
 言うなり、ずぶりと潜り込んできた。
「あ・・・っ!」
「く・・・っ」
 遠慮も何もあったものじゃない。
 容赦なく入り口を通って、奥へ奥へと進んでくる。
「昨日の今日で、それはないだろう・・・!」
「昨日の今日だから、我慢できません」
「あんたって、ひとは・・・っ」
 到達したのか彼の茂みが腰にあたり、身体の中心に芯を抱え込んでいるのを感じる。
「はっ・・・あっ・・・」
 肩で息をするのが精一杯だ。
「やっぱり、あなたの中は、気持ちいい・・・」
「言うな、ばか・・っ」
 うっとりと囁かれて、あまりの恥ずかしさに拳を振り上げ胸元を叩くけれど、全く彼は動じずに肉茎の抜き差しを始めた。
「だって、本当のことですから・・・」
「あ・・・っ、もう・・・っ」
 ぐいぐいと責め立てられて、あられもない声を上げ続けた。
 戸の隙間から光りが差し込んできて、日が昇り始めていることを知らせている。
「やめろ・・・っ」
「無茶、言わないで下さい・・・」
 身体の奥底にたまった熱の開放を求めて、肌を、まさぐりあう。
 いつのまにか互いに汗をかいてぬめりを帯びた感触に、ますます気持ちが高ぶった。
「変になる・・・」
「もっと、変になって下さい」
 紅い舌が、胸の突起を舐めあげて、ぴくんと反応する。
「いや・・・」
「朝日の中で見ると、ますます綺麗ですね」
「言うな・・・っ」
 ねちねちと音を立てて腫れ上がった胸をなぶられ、それを明るいなか間近に見ることが恥ずかしくていたたまれない。
 自分たちは、いったい何をしている。
 朝から盛って、これでは獣にも劣る。
「やめてくれ、たのむから・・・」
「感じているのに、どうして?」
「・・・っ、ばかっ」
 暴れたくても、逃げ出したくても、何もかもがとろとろに溶けていく。
「好き、です」
 かりりと耳たぶを噛まれて、我慢が限界を超える。
「・・・んっ、くっ・・・」
「・・・は・・・っ、あ・・・」
 全身でしがみついて、思いっきり貫かれて、遠くに放り投げられた。

「目が、霞・・・む・・・」
酸素が足りなくて荒い呼吸を繰り返す唇に、同じくらい息を乱した彼の唇が触れてくる。
「・・・すみません。止められません・・・でした」
 本気で反省している声色が、どこかくすぐったい。
「ほんとに・・・。あんたが、こんなだなんて・・・」
 いつも冷静沈着で、物事に卓越している人だと思っていた。
 なのに、とても熱くて、少し、我が強い。
 さらに付け加えるならば、欲望に、かなり弱い。
「面目ないです・・・」
 気落ちしたため息に、なぜだか嬉しさがこみ上げてくる。
「まあ、いいか・・・」
「え?」
「そんなあんたも、悪くない・・・」
 唇を寄せると、彼が微笑みを浮かべた。
 少し照れたような、むずがゆいような、微笑み。
 軽く口づけを交わすと、その甘さに、見つめ合いながら笑ってしまった。


「・・・審神者には、思いっきり恨まれるでしょうね」
「・・・ん?」
 山姥切は広い胸にうつ伏せになり、男の鼓動を聞きながらまどろんでいた。
 身体は綺麗に清め直され、新しい寝衣を着せられ、太郎太刀の身体の上にのせられ、ゆっくりと彼の霊力に浄化されていく。
「あなたと、こうしていることは彼女の意に沿わぬ事だから」
「ああ・・・。俺は写しだからな」
 熱田神宮に奉納されている太郎太刀と写し風情では、立場が違いすぎる。
「そうではなくて・・・。逆です。審神者は、あなたのことが大好きなのですよ」
「は?」
「だから、あなたを討伐隊の統率によく選んでいたでしょう」
「いや、それは単に起動が速いからと言われたぞ」
 顔を上げると、いぶかしげな表情に迎えられた。
「・・・そんな言い方、彼女がするとは思えませんが」
 髪を優しく撫でられその心地よさにて少しどうでも良い気分になるが、一応反論を続ける。
「しかし、審神者は言ったんだ。俺と初めて会った時に」

 『長義の山姥切とは大違いね』

「ああ・・・それですか・・・」
 ふ、と困ったように太郎太刀が笑みを浮かべた。
「それはですね。あなたが降りてくる少し前に、あちらの山姥切と一悶着起こしたからですよ。短刀や脇差たちなどは知っています」
「え・・・」
 『本科』である『長義作 山姥切』が自分より少し前に降臨したことは昨夜聞かされたばかりだ。
「審神者と山姥切長義は出会いからどうにもうまが合わず、最後はつかみ合いすれすれの大喧嘩をして、実際、彼女は言葉通り蹴り出したのです」
「蹴り出すって・・・」
 呆気にとられて、口をぽかんと開いた。
「ええ。かなりの見物でしたが・・・」
「・・・みもの?」
 到底想像できない。
「だから、国広の山姥切が降りたと聞いた時には皆、どよめきました。あの騒ぎがもう一度起きるかと。・・・でも、違った」
 頬に両手を添えられ、額に口付けられた。
「こんなに、綺麗で、愛らしい打刀だなんて、誰も思いもしなかった・・・」
「・・・だから、言うなと・・・」
 首を振ろうとするが、彼の大きな手の平がそれを許さない。
「誰よりも速く戦場を駆け巡って、舞を舞うように刀を操るあなたを、審神者は鳥のようだ、いや、風の神に違いないと、見惚れていましたよ」
 雲のように、風のように、まるで羽衣を得た仙女のように自由自在に舞いながら、神の雷のように鋭い一撃をどんな強敵にもためらうことなく振り下ろす。
「あなたは、憧れの的なのですよ」
 そんな姿を見たくて、審神者は山姥切国広を統率者として出陣させ、刀剣たちも付き従うと、太郎太刀は言う。
「そんなの、信じられない・・・」
「信じなくても良いです。むしろ忘れてくれた方が私には都合が良い・・・」
「・・・どういうことだ?」
「あなたのことを深く愛していて、こうして愛でる権利を持つのは私だけ、ということで」
 うなじを掴まれ、濃厚な口づけを施されて、また、力が抜ける。
「・・・まったく・・・。あんたって人は・・・」
「どうしました?」
 くたりと、肩口に伏せる山姥切を、男は喉の奥を震わせながら笑った。
「・・・俺の手には、負えない」
「褒め言葉と、受け取りますね」
 そして、不埒な手がまた背中をゆっくり下っていく。
「続きをしても?」
「いや、もう、本丸のみんなが起きて来るだろう。いい加減にしろって」
「来ませんよ」
「は?」
「昨夜から、この部屋のみ結界を張ってあるから空間が少し異なって、廊下に続く扉があかないようになっています。次郎丸や石切丸ならきっと破れるでしょうけれど、そんな野暮なことをする連中じゃありませんから」
「はあ?」
 さらりと、とんでもない事を暴露する太郎太刀の顔を間近で凝視する。
「あなたが意識を取り戻したことは、五虎退が審神者へ報告に走ったので、みんな解っています。その後で私が故意に空間を曲げたことは、きっと彼らもくみ取ってくれるでしょう」
 あからさまな意図を持って素肌をなで回し始めた太郎太刀の手首を握って止めた。
「ちょっと待った。色々聞きたいことはあるが、まず一つ。くみ取るって、何をだ?」
「もちろん、私達の初夜でしょう」
「もちろんもなにも・・・、あんた・・・、初夜って・・・っ」
 山姥切は、昨夜から何度目かの憤死寸前に陥った。
 これでもこの男は熱田神宮に奉納されるほどの宝刀だったはずなのに、その霊力の全てを今色事にのみ湯水のように使いまくっている。
「はいはい、悪いのは私ですから。あとのことも、今も、大船に乗ったつもりで私に任せて下さい」
 すっかり硬直してしまったのを良いことに、着せかけていた寝衣の腰紐を解きにかかる。
「ちょっとまて、本当にもう無理だって」
「大丈夫、大丈夫。十分休憩しました」
「さっきのあれって・・・」
 身体を清めたあとに、横になって太郎太刀の霊力を分けて貰うことにそんな裏があろうとは思いもよらない。
「古代の結婚は三日三晩過ごした後にお披露目だとか。それまでたくさん愛し合いましょう」
「そんな話、聞いたことないぞ!」
「おや?私の勘違いだったでしょうか・・・」
 とぼけながらも、もうとっくに弱いところを心得た男の指先が山姥切の身体を確実に攻め上がってくる。
「・・・ほんとうに、ほんとう、あんたって・・・」
 抗議の声はなんなく彼の腕の中に閉じ込められ、かき消される。



 山姥切がようやく開放されたのは、それからきっちり三日三晩経ってのことだった。


 -完-


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