『光玉。』
「いったい・・・っ、なん・・・の、修行だよ、何の・・・っ」
荒い息の下、加州清光は地面に膝と両手をついた。
せっかくきれいに整えられた赤い爪に小石が傷をつけ、衣装も土埃にまみれたが注意を向ける気力がない。
正直、その地面に着いた手足が地面にめり込むかと思うほど、疲労困憊だ。
最も遠出の討伐隊へ付属を命じられ、本来なら往復に数日を要すところをなんと半分の時間で全てをこなしつつある。
はっきり言って、出陣してから今まで全速力で駆けてきた。
討伐なんて、大太刀の一振りで瞬殺だ。
四方根絶やしにしたその光景には、味方の自分でも戦慄を覚えた。
敵の立場でなくてよかったと、つくづく思う。
ちなみにその大太刀が総大将で、ここまで加州達を走らせた張本人だ。
なのに、その極悪非道の大太刀は涼し気な横顔を日の光にさらし、獣道ですらないこの崖底で目の前にむき出しになった岩肌をじっと見つめている。
「・・・そろそろ、このあたりでしょうか」
さらりとひとりごちて、おもむろに自らの剣を振り上げ、いきなり岩肌に突き立てた。
まるで雷のような閃光が走り、一瞬にして目の前に穴が開く。
「~~~~!!」
あまりのことに口を半開きにして固まっていた加州は、強い力に引き戻され、何者かに抱えあげられていた。
「清ちゃん、大丈夫?」
「あ・・・ああ、まあ・・・」
自分を清ちゃんなどと、ふざけたあだ名で呼ぶ者はあまりいない。
そして、男の自分を軽々と横抱きにして平然としているヤツも。
「・・・あんた、こんな最中にも酒かっくらってたのかよ・・・」
そんじょそこらの女に負けない美貌で花魁のような着付けをしておきながら、腰に下げた途方もなく大きな酒瓶がすべてを台無しにしている。
「あらやだ、ちょーっと、たしなんだだけよ~」
唇から洩れる吐息は、間違えようもなく濃い酒の匂いに包まれていた。
「助けてもらってなんだけど。・・・俺、酒は好きだけど、酒臭い息は嫌いだから降ろしてくれない?」
「ああん。清ちゃんったら、こんな時もクールなんだからあ」
腰をくねらせながら媚びた声を上げるが、今こうして抱き上げられている自分が一番身をもって感じている。
その、絹の着物の下に隠された、見事に鍛え上げられた筋肉と骨の太さを。
「・・・で、何やってんの?太郎さんは…」
「まあ、見たまんまなんだけどね」
ゆっくりと丁寧に地面に降ろされながら、土煙立ち込める横穴の中に迷うことなく足を進めた大太刀の背中を見物した。
「なあなあ、あれってさあ、ラスボス倒しに行ってんの?」
汗だくになり髪も服も乱れに乱れているにもかかわらず、好奇心で目をらんらんと輝かせた鯰尾藤四郎が前のめりに突進してくるのを、後ろから短刀たちが慌てて止めに入っているのが目に入る。
「・・・らすぼす?」
腰に手を回したまま無邪気に首をかしげる次郎太刀の身体を加州はとっさに押しやった。
「いや、なんか探し物?だよな、次郎さんっ!」
「ん?ああ、そうそう。多分なんかの石を探しに行ってるのよね。ここにいいのが眠ってるって、石ちゃんが教えてくれたみたいだから」
「一体、何を吹き込んだんだ、あの人は…」
もっぱら審神者を守る仕事に就いていて、本丸からほとんど離れることのない石切丸のすまし顔を加州は思い浮かべた。
彼は祈祷と結界の守りを得意とするため、どうやら太郎太刀にその手の助言を惜しみなく…いや、大盤振る舞いしていると思われる。
「まあ、大太刀繋がりっていうかあ、神社組合っていうかねえ」
「なんか、あやしくね?あのふたりって・・・」
「仲っ、いいですよね~」
「ねー」
次々と爆弾発言を落としそうな鯰尾を背後から取り押さえて口を封じた前田と平野は、いつ見ても双子のように息がぴったりだ。
余談になるが、石切丸は石切剣箭命神社、大太刀兄弟は熱田神宮に奉納されていた、らしい・・・。
「なあんか、石ちゃんからやたらと伝令が届くと思ったら、なんかあの辺に・・・」
次郎太刀が言い終える前に、まるで万屋で軽い買い物でもしてきたような面持ちで太郎太刀が洞穴からするりと出てきた。
「用事、済んだ?太郎ちゃん」
「ええ。これなら使えると思います」
「使える・・・?」
加州と粟田口達は意味が解らず、そろって首を斜めに傾ける。
「これよ、これ」
太郎太刀の手の中から一粒の石をつまみ取り、日の光にかざした。
とろりとした蜜色で、水晶のような光彩を放った石。
「・・・黄玉か」
「え?なになに?」
「ああ、トパーズですか。主さまの簪の一つにありましたね」
「こんな所にあるなんて、思いもしませんでした」
「黄玉?トパーズ?だって、あれ、青いんじゃないの?」
「それは、市場用のトパーズ。加工してつけた色なんだってさ」
「ふうん」
四人が口々に言い合う中、当の太郎太刀は黙って手を差し出し、次郎太刀へ返却を要求する。
「随分、ちっちゃいのにしたんだね~」
手のひらに戻してやると、長い睫毛を伏せて答えた。
「質の問題です。それに大きすぎると、かえって邪魔になる」
「なるほど」
「邪魔ってなに?その石どうするの?」
いつの間にか二人の間にぬるりと割り込んだ鯰尾が太郎太刀の腰に両腕を回してしがみつき、つま先立ちになって手の中をのぞき込む。
「俺たちさあ、太郎さんにここまで走らされたわけですよ。知る権利があると思うなあ」
背後で、前田が「きじもなかずば・・・」と呟き、その隣で平野が「うたれまい」と引き継いだ。
「そうですね。気ばかり焦ってしまい申し訳ありませんでした。これは仕掛けを施すのに適した石なのです」
「どんな?」
「まずは石の能力を最大限に引き出す術をかけつつ、清水と鉱石で磨き上げ…」
「あー。途中経過はいいや、俺、術とかなんとかさっぱりわかんないし」
繊細な外見に反して、鯰尾はいつも大雑把であり、その言動はいつも・・・。
「で、ズバリ、何なの?」
周囲の者たちの心臓を縮ませる。
すっかり石と化している三人と、楽し気に見守る大太刀の様子に気付かぬまま、二人の会話は淡々と進み、太郎太刀は大まじめに返した。
「はい。ずばり、ぱっと見にはちょっと綺麗な装身具ですが、身につけた者の安全を祈願しつつ、心身の状態と現在地と概ねの活動状況を私に知らせてくれる優れものに変わる予定です」
何度も言うが、太郎太刀は本気で、大真面目である。
「あ、ようするにGPS機能搭載で音声と映像も送ってくれそうなアクセサリーを作るってこと?」
鯰尾は好奇心の塊なだけに、あるゆる時代の流行ものに精通しているが、相手によるとたまに会話が成立しないことがままあるが、当人も周りも大して気にしない。
「じーぴー・・・?まあとにかく、離れていても山姥切の安全を見守るための・・・」
「え?山姥切に首輪つけとくってことだよね?」
「まあ、ありていに言えば」
「そんで、虫よけだよね」
「はい」
あっさりと手の内を見せながら、太郎太刀はふっと微笑んだ。
「でも、彼には内緒です。身につけていただかないと意味がないので」
更にその笑みが深まる。
「内密に、していただけますよね?鯰尾藤四郎」
金色に光る眼の奥に、なにやら危険な色がにじんでいる。
うっかり踏み込み過ぎたことに気が付いた鯰尾は、そろりそろりと身体をはがし始めた。
「お、おう。お望みと…あれば」
「はい。望みます」
「よ、よし、男の約束に二言はない。次郎さん、清さん前田平野もそうだよな?」
いきなり話を振られた三人も、あわててこくこくと頷き返す。
「ありがとうございます。この御恩は忘れません」
いつもの涼し気な笑みに、加州はもう一歩も進みたくない位の疲れを感じた。
「なんなんだよ、あの緊張感。こんなんなら、知りたくなかったというか・・・」
ところが、立ち直りの早い鯰尾はなおも太郎太刀の袖を引く。
「あ、そうだ。あのさ、ちなみにさっきの石みたいなのでもっと綺麗な感じの、まだあっちの中ある?」
「はい。魔力にこだわらなければそれなりに」
「じゃ、主さんにお土産持って帰ろうかな」
「あ、そうですね。女子好みに細工を施せば、あの方の機嫌も多少治るかもしれませんし」
太郎太刀が山姥切と親密な関係になって以来、審神者は常におかんむりで、太郎太刀をひたすら遠距離遠征へ放り出し、巻き添えを食っている刀剣たちにはたまったものではない。
「そうそう、そこが一番大事。ではではいざ参らん!!」
小鹿のように華奢な脇差と、すっくと伸びた松の木のような大太刀が勇み足で穴へ入っていくと、我に返った短刀たちがあわててが後を追った。
「いいのか、こんなに欲にまみれて・・・」
太郎太刀は、居並ぶ刀剣たちの中でどこか人間離れしていて、俗世と一番縁のないように見えた。それが今や色恋沙汰のど真ん中であくせく走り回っている。
「よもや、あんな姿を見ようとはなあ」
地面に座り込み、胡坐をかいた加州清光の横で、次郎太刀は酒瓶の栓を抜く。
「でも、今の太郎ちゃんの方が、アタシは好きよ。なんかキラキラ光って綺麗じゃない」
胸元から朱塗りの杯を取り出し、なみなみと酒を注ぎ、加州に差し出す。
「きらきら・・・ねえ」
相変わらず、次郎太刀の秘蔵の酒はうまい。
正直、くせになるほど。
「たしかに、すごく活発にはなったよな」
「うん。今一番、生きてるって感じ」
「・・・あんたがそう言うなら」
もはや、何も言うことはない。
「ねー。加州さーん、もっとすごい石見つけたー」
鯰尾のはしゃいだ声が届いた。
「おー。今行く」
杯を次郎に返して立ち上がる。
己の思うだけ光ることができるなら、それで十分。
-完-