『すいかずら-夏の声-』
夏の光は、どうしてこうも容赦ないのだろう。
ふう、とため息をついて首筋を伝う汗を指先でぬぐう。
木立の間の影を縫うように歩いているが、梅雨明けの地面から沸き上がる水蒸気と斬りつけるような陽の光に包まれて、次第に意識がもうろうとしてくる。
自分は、いったい、どこを目指して歩いているのか。
ふいに、草履の隙間に紛れ込んだ小石が土踏まずを刺した。
「・・・痛」
思わず屈むと、もう、立ち上がれなくなった。
わんわんと、蝉の鳴き声が降り注ぐ。
激しい音の応酬に押しつぶされそうだ。
地面に手をついて、へたり込む。
蝉の声。
夏が来た。
夏が、ようやく来たのに。
あの人が、いない。
「ゆう、ぞう・・・さん」
夏の、照りつける太陽が好きだと言ったひと。
なのに、陽の光を浴びることなく、狭くて暗い所で独り、息絶えてしまった。
男らしく生きたいと、いつも肩をそびやかして遠くを見ていたのに。
男として生まれたからには、お国の役に立てと子供たちに説いていたのに。
国の未来を信じて、子供のように疑わなかったのに。
怪我で片眼の視力を失い、その想いは行き場を失った。
そして、今。
自分が赤紙を受け取り、数日後にはそれに応じねばならない。
「皮肉なもんやな、雄三さん・・・」
ずっと、言えんかったけど。
戦争なんか、大嫌いや。
兵隊なんか、なりたない。
人を殺して、殺されて、何が幸せなん?
生きている時に、言えば良かった。
ちゃんと、全部、吐き出してしまえば良かったのに。
この国は、負けるんや。
無駄死にして、良いこと、なんもない。
僕のために、生きて。
僕と生きて。
だけど。
現実は、この空のように容赦なくて。
本当のことを何一つ口にしてはいけない世の中は、荒む一方で。
名前の通り雄々しい人は、ヤクザの抗争に明け暮れて、無残に殺されて。
自分は、兵隊として、旅立つ。
なんのために。
なんのために歩かな、ならんのやろ。
まだ生きてる、病床の母のため。
刃傷沙汰で死んだ父故に肩身狭い思いをしている、彼の息子のため。
そう思って日を過ごしてきたのに、お国のために死んでこいと、世間が言う。
「ゆうぞう、さん・・・」
生きて、帰って、僕を叱って。
歩けって、引っ張って。
なんで。
なんで、僕たちを置いて、死んでしまったん?
なんで、死なせたんや、神様。
「なんでや・・・」
地面に、ぽたぽたと黒い染みが広がる。
顎を伝うのは汗なのか、涙なのか、わからなくて。
蝉の声に紛れて、叫ぶ。
あの人を、あのひとをかえして、かみさま。
いますぐ、つれてきて。
地面に縋るだけの自分は、蝉にもなれなくて。
恋しいひとを呼び寄せる力も、ない。
-完-