肉食獣的な彼女-2-




「ここの男の人たちを見ていると、つまんない男に煩わされていたのが馬鹿みたいですね」
 村木が湯飲みを両手に抱えてぽつりと言った。
「・・・言っとくけどな、下の階は今頃無礼講の下ネタ満載だからな。片桐のところの吉田課長がいないからさすがに脱ぐヤツいないと思うけど、村木さんはその辺覚悟しといた方が良いだろう。男ばっかの仕事場だから」
 そもそも、アンタもちょっと前まで脱いでたじゃんと有希子から横やりを受けて、うるせえよと池山が歯を剥く。
「それでも、前の職場よりずっと良いですね。なんていうのかな。明るいエロ?」
「ああ、わかります!!そうそう、ここって開けっぴろげすぎて、エロい話もエロくないですよね」
 ぽん、と橋口が手を叩く。
「もう、畜産の繁殖を話しているような感じ?どこかドライというか」
「いやいや・・・。君たちの話は十分生々しいですよ・・・」
 密かに男達が小刻みに首をふるふると振った。
「少なくとも、飲ませて潰してどこかでやってしまえ、なんて股間を熱くしていないのが解るから良いんです」
「・・・は?」
 爆弾投下した橋口の手元をまじまじと片桐は覗き込んだ。
 彼女の手に握られているのはジンジャーエール。
 ・・・アルコールは入っていないはずだ。
「やだ、そんなのいたの?」
 きゃっきゃと笑いさざめく魔女達は至って平静である。
「ええ。思春期過ぎた頃から、いろんな男に顔と身体がエロいエロいと言われ続けましたからね。単なる雑談なのか、やらせろと言いたいのかくらい見分けが付きます」
「ああ・・・。そうだね、弥生ちゃん、ここの受付になるまでけっこう転職してるもんね」
 確かに、橋口の小さな白い顔と細い顎の中で濡れたような黒い瞳と大きめの厚い唇は非常に目立ち、男達の性欲をそそる。しかも、身体は日本人離れした凹凸ぶりで、瀬川美咲よりはるかに肉感的だ。
片桐達だとて友人として線を引いていなければ、本能的にかなりそそるものがある。
「まず本格的なセクハラ洗礼は、新卒の時の就活でしたね・・・。あの頃、怒らせる面接が流行っていたのか、とにかく、仕事の能力よりもセックスの話ばかり根掘り葉掘り聞かれました。集団面接でも、です」
 そして、あとで個人的に呼び出そうとする面接官が後を絶たなかった。
 その時点で、まずアウトである。
「一つは、私の出身大学が気に入らなかったみたいで、そこもネチネチやられましたね。よっぽどうちのOGにこっぴどく振られたんだろうとか、仕事でしてやられたんだろうとか考えることでなんとかこらえましたけど」
 橋口は伝統ある有名女子大出身だ。
 比較的裕福な家庭出身や帰国子女も多いため、卒業後は外資系に就職か親のコネで腰掛け就職。または留学を重ねるたりと、普通日本企業への就活を一般窓口からまじめに行う生徒は意外と少ない。
 彼女は普通のサラリーマン家庭で育ち、たまたま入学してしまったため、校風になじめないばかりか、その偏見と闘わねばならなかった。
「バブルはとうにはじけたのに、ブランドと男が好きな女のレッテルを貼られたまんまでしたよ」
 なんとかくぐり抜けて中堅企業に就職したのもつかの間、配属先の上司のセクハラとお局女子たちの妬みで疲れ果て、夏にはあえなく退職してしまった。
 そこからは派遣でしのいできた。
 もちろん夜や休日に専門学校へ通いながらスキルを身につけたりもしたが、なかなかそれが正社員の仕事へ直結することはない。
「そういや、あの彼氏は仕事で知り合ったんだっけ」
 あの彼氏、とは、フィンランドに追いかけていった相手のことだろうか。 
 ようやくその話が来るのかと、片桐は気が遠くなりかけた。
 そもそも、橋口が今日この席にいるのは、彼女の慰労会でもあったはずだ。
「ああ、そうそう。セクハラ続きでクサクサしていたら、大学研究室の秘書の募集が出てたから一年契約で入ったのよね」
 そこは、橋口が今まで見てきた中で最も静かな世界だった。
 たまたま所属した研究室は、教授を含めてスタッフ全員どこか修道僧を思わせる清廉さだった。
 ひたすら、もくもくと研究し続け、世俗にまみれる暇もない。
 いつ巡り会えるか解らない結果に向かって、昼夜を問わずに実験と検証を続けている。
 橋口は知的で静かな空間で仕事をしながら、ゆっくりと心の傷を癒した。
 仕事仲間達は時折話をしても、いつも穏やかでどこかおっとりと品がある。
 そんな中、一人のすらりとした若手研究者に出会った。
 草刈聖。
 名前もそのままに、まるで聖人のような高潔さが美しい青年だった。




「まさに、初雪のような人でしたよ」
 サムゲタンのスープを飲み干しながら、ほう、と橋口が息をつく。
「まさかとおもうが・・・」
 毒も皿も一緒に喰らう勇気を振り絞って片桐が尋ねた。
「まあ、そのまさかですね。ほぼお初を頂きました」
 魅惑的な唇が、完璧な形で笑みを作る。
 むせかえるほどの色気に、若輩者の柚木がチヂミを喉に詰まらせた。
 目を白黒させて苦悶するその姿を見ているうちに、川で洗濯をしている女の太ももを見てしまったばかりに高僧が一発で煩悩に落ちた昔話を一同は思い出す。
「研究系は多いだろうなあ。出会いがなさそうだし」
「ましてや、キャバクラやフーゾクに連れて行く上司もいないしねえ」
 うんうんと池山と本間が肯く。
「こんなにまっさらな男が世の中にいたんだって驚愕しましたね。むしろ、こっちは汚れまくっててごめんなさいって感じで」
「いやいや、橋口さんはフツーだろ、今時」
 池山のフォローに、「でも、そんな奥手な人だったら、かえって苦労しそう」と、変らぬペースで肉を口に放り込んでいる有希子がしみじみと感想を述べた。
「ええ。半年かけてさりげなく外堀を埋めて、お付き合いが始まってからはキスまで1ヶ月、さらに時間をかけてクリスマスにかこつけてなんとか部屋に招き入れて・・・ってとこです」
「本当に、今時珍しい交際だな」
「いつでもソッコーで寝るアンタが基準じゃ、誰でもそうよ」
「俺はいつでもニーズに応えただけだけど・・・」
 ドスッと有希子の拳が池山の横っ腹を突いた。
「今思えば、かなり猫を被っていましたね。彼に引かれないようにって」
「まあ、女は誰でもそうじゃない?気持ち的に前の男はリセットだしね」
「ああそうそう。そんな感じです。色々お付き合いした人はいるけど、私にとっても彼は初めての人でありたいというか」
「なるほど・・・。確かに・・・」
 また、女同士で納得し合っている。

「はいはーい。ここで、皆さんの記憶力ちぇーっく!!」
 本間がスプーンをマイクがわりに口元にあて、もう一方の手を高く上げた。
「過去から遡って、現在に至るまでお付き合いした人の名前、全部フルネームで思い出せますかぁ~?」
「お前、肉に酔ってるのか・・・」
 片桐が眉をひそめると、んべーっと舌を出しておどけてみせる。
「いいえー。生憎と、素面です~」
「はい、質問。お付き合いとは、どのレベルのことを言いますか?」
 大まじめに池山が挙手した。
「それは、ご本人の基準にお任せします-」
「キスにしろ、セックスにしろ、肉体接触をカウントしたら、アンタの場合、108人越えるでしょ」
「そう言うお前だって、いったい何人斬ったと思ってんだよ」
 美形幼なじみペアが低次元な言い争いをしているのを眺めて、ぼそりと柚木が呟く。
「こういうのを、目くそ鼻くそっていうのかな・・・」
「せめて、ドングリの背比べと言おうよ・・・」
 村木が横から訂正を入れた。
「ん~。・・・無理。絶対無理。俺も長生きしすぎたもんだな」
 宙をにらんでしばらく指折っていた池山が片手の段階で放棄した。
「生きた年月の問題じゃないでしょ・・・・。私が今まで何人、アンタの付き合った女から苦情を喰らったと思ってんの」
 またしても、横やりがきちっと入る。
「・・・なるほど。今まで私、このお二人がとても親しいのになんで結婚されなかったのかなと思っていたのですが・・・」
「あー。そうそう、私も最初思ってました」
「親しすぎると駄目なものもあるんですねえ・・・」
「夫婦より濃いよね、あの二人」
「真理っすねえ・・・」
 最年長二人の掛け合い漫才を見ながら、若手達は人生をしんみり学んでいた。
「そう言うお前はどうなんだ?人にそんな話振っといて」
 蛇とマングース対決を繰り広げる年長者があまりにうるさいため、箸とノンアルコールビールのグラスを持って、空いていた片桐の向かいの席へ移動してきた本間に、頬杖突いて片桐は尋ねる。
「私はこう見えて情が深いからですねえ。一人一人が結構長かったりするので、実際はたいした人数じゃないな。
高校から始まって片手をちょっと越える程度よ。片桐さんは?」
「俺は・・・」
 しばらく腕組みをして考えたあと、ぽつりと言った。
「付き合うって本当にどういうのを言うんだろうな」
「ふうん?」
 ちろり、と本間が唇を舐めたのを片桐は気づかない。
「みんなそれなりに真剣だったはずだけど、今となっては付き合っていたと言えるかどうか・・・」
 前屈みになって、テーブルごしに話の続きを催促した。
「それで?」
「あいつ以外の名前を、俺は思い浮かべることができない」
 それまで縦に横にと大混戦だった会話が、片桐の一言でしんと静まりかえった。
「え?」
 驚く片桐に、全員がいっせいに笑い出した。
「うわ、うっわーっ!ごちそうさま!!」
「凄いのろけだ~。さすが片桐さん」
 慌ててその場を取り繕うとするが、大盛り上がりである。
「・・・あ、別にそういうつもりじゃなくて・・・」
 片桐の耳が朱に染まるのを見て、柚木が首をかしげた。
「え?やっぱヨリを戻したんですか?指輪のカノジョ」
 ハリー・ウイストン?と隣で村木も口にする。
「いやいや、それはだからカウント外。そんなんじゃなくてね~」
 おどける本間に片桐は飛びかかり、テーブルごしに口をふさぐ。
「余計なことは言わんでいい」
「いや~いいたい。この口がぜひとも言いたいと言ってるわ~」
 この盛り上がりっぷりを、階下の男達が実は戦々恐々と伺っていたことを知るのは、後のことである。



「ああそうだ、忘れないうちに。二人とも、どうぞお一つ」
 さんざん片桐をいじり倒して楽しんだあと、それなりに満たされた一同はまたそれぞれの食べたいものを突っつき始めた。
「ゲイシャ・・・チョコ?」
 橋口から差し出されたチョコバーを受け取った村木と柚木はパッケージの文字を読んで首をひねる。
「そう。その件の男との別れ話の決着をつけにフィンランドへ行って、今朝戻ってきたところなの」
 事も無げに笑ってナムルを箸で摘む橋口に、二人はどう言葉をかけたものか躊躇する。
「およそ一年ちょっとばかり付き合って、こちらとしてはいずれ結婚したいとまで思っていたんですけどね・・・」
 そんな矢先の草刈聖の留学話だった。
 成績優秀な草刈が自費ではない形で一年間の留学のチャンスをものにしたと聞き、橋口は心から祝福した。
 ただ、不安が頭をよぎる。
 一年間、離ればなれで二人の関係は保てるのかと。
 しかし、これまで脇目もふらずに研究に没頭していた草刈が、今更留学先で羽を伸ばすとは到底思えない。
 研究一筋で何事も禁欲的な彼に、日々の楽しみ方を教えたのは橋口だった。
「出発前に私もちょっと会ったけど、本当にそこらの聖職者も真っ青な清い人だったわよね」
 サンチュに巻いた肉をぱくつきながら、有希子が言う。
「ええ。浮気はないと信じてました。だから、青天の霹靂でしたね」
 渡航していくらも経たないうちに、草刈の様子がおかしくなった。
 そして橋口が心待ちにしていたスカイプでの会話は、いきなり彼の謝罪から始まったのだ。
「別れて下さい、ごめんなさい、の一点張りで・・・。何があったとか、一切言わないで、ただ謝るばかりで訳がわからないから、とにかくすぐに手配してヘルシンキへ乗り込んだんですが・・・」
 もやしを口に突っ込んで数回租借したあと、爆弾を落とす。
「金髪美人に寝取られたんなら、奪い返す自信があったのですが、まさか、金髪の男だったとは・・・」
 ここで、全員がごくりと唾を飲んだ。
「え・・・?」
「今・・・。なんて・・・」
 肉が焼ける音だけがやけに大きく聞こえる。
「速攻で彼のアパートへ突撃したら、漫画みたいにゴージャスなロン毛の金髪碧眼男が彫刻みたいに立派な胸板さらしで出てきました」
 肉が、焦げる匂いがした。
「あわわわ!!」
 慌てて、本間が炭化しそうな肉を回収する。
「もう、こりゃ駄目だと思いましたよ。セクシャルの壁を乗り越えられてしまったら、もう追いかけようがありませんもの・・・」
 ぱたりと、池山と片桐が箸を落とした。


【君、誰?】

 威圧的だが、ゆっくりとした英語で低い声が問いかけてくる。
 ディープブルーの瞳が随分と上から見下ろしていた。
 申し訳程度に引っかけたシャツからは見事な胸板と腹筋が覗き、その上を豪奢な金の巻き毛が流れ落ちている。
 彼が、誰なのか、何故ここにいるのか、瞬時に理解してしまった。
 世の中に、これほど美しい男がいるのか。
 まさに、アニメか少女漫画か宝塚かと、橋口はため息をついた。
 敵わない。
 闘うことすら出来ないなんて。

【・・・この状況で、母親と思いますか?】
【・・・君、英語出来るの」

 お嬢様大学へ通って会得した技能の一つは、クイーンイングリッシュだ。
 もちろん、アメリカ訛りもオーストラリア訛りもある程度学習済みで、留学生達のおかげで中国訛りとインド訛りも多少聞き取れた。
 とりあえず、これでどの国へでも行ける。
 そして、胸を張って戦える。

【頭が空っぽそうな日本女は、英語が話せないとでも?】

 ドアの前で、橋口は腕を組んで仁王立ちした。

【いや・・・。悪かった。東洋系は年齢が読めないから・・・】

 きまり悪そうに彼が目を逸らす。
 165センチの橋口が20センチも上の男に勝った瞬間だった。

【ヒジリ・クサカリは在宅?】
【ああ。・・・でも、今は・・・】

 部屋の中を見せまいと、彼の身体が阻む。

【身繕いするのに十分な時間は、今、私達が作ったでしょう。今更何を見ても、卒倒したりも暴れたりもしないわ】
【・・・!】
【とにかく入れてちょうだい。休みなしに東京から飛んできて、とても疲れているの。ここまで来たのに、紅茶の一杯も出さないなんて言わないでしょう?】

 上目遣いにひと睨みすると、彼は大きく息を一つつき、ドアから身体をずらして道を作った。

【どうぞ】
【ありがとう】

 こつん、と、ブーツの踵が板張りの床を鳴らす。
 背筋をのばし、リビングであろう部屋に向かって足を進めた。
 暖かな色のライトに照らされた部屋の真ん中に、ぽつんと細い影が立っていた。
 慌てて着込んだであろう、シャツとパーカー。
 カーゴパンツの裾から白いくるぶしが覗き、それがなぜか匂い立つように見えて目をそらす。

「弥生・・・」

 いつもより、色づいた唇から困惑の色がこぼれ落ちる。
 この、清らかな、澄んだ声が好きだった。
 この声を聞いていたら、自分もきれいに洗い流されるような心地がして、ずっとそばにいたいと思った。
 でも、それは自分一人の望み。
 彼は同じように思っていなかっただけだ。

「・・・まさか、昨日の今日でやって来るとは思わなかった?」
「・・・うん。ごめん・・・」
「そう。私でも、少し驚いているの。こんな思い切ったことが出来るなんて」

 最初から仕事も何もかも放り出して、彼について行ったならばこんな結末は迎えなかったかもしれない。
 でも、今更だ。
 自分が旅支度をして飛んで来た、この長いような短いような時間の間も、聖はあの男に抱かれていたのだから。

「・・・あの人の名前は?」

 かつん、と音がして、背後に男が立っているのを感じた。

「クラウス・・・。クラウス・ヤラヴァ。配属先の同僚・・・」
「なるほどね・・・」

 やはり、ついてきたところで、どうにもならなかったということか。

「いつから?」
「・・・それは・・・」

 聖は唇に手を当てて言いあぐねる。
 そこで、日本語のやりとりでも何を話しているか見当が付いたのだろう、クラウスが割って入った。

【出会った日の夜だ】

 そう言って、静かに聖に寄り添う。

【すまない。一目惚れだった・・・】
【ストップ】

 手を上げて、橋口は遮った。

【これ以上、見せつけないでくれる?私はこれでもほんの少し前までヒジリの恋人だったの。・・・ヒジリにとってそうでなかったとしても】

「弥生・・・!そんなつもりは・・・」
「解ってる。あなたは、あなたなりに私をこれまで大切にしてくれた」

 飛行機の中で一睡もせずに考えに考え、決めたことがある。
 泣かない。
 どのような結果になっても、彼の前では泣かない。
 それなりの年月を共にした相手にネット電話一つで終わりにしようとした男の前で、みっともなく感情をさらけ出したりしない。
 ずっと、彼の前では可愛い女でありたかった。
 ずっと、可愛い年下の女を装い続けて、どれが自分なのかも解らなくなりかけていた。
 でもその必要がなくなったのなら、最後は、本来の強さを見せて去りたいと思った。

「最後が、なんともお粗末だけど・・・。この目で見て、納得したからもう良いわ」

 何事にも奥手だった聖が、出会ったその日に同性の男に身を任せるとは考えにくいが、レイプなのか合意なのか、そんなことはもうどうでもいい。
 こうして、寄り添うように立つ二人を見て、お似合いではないかと思うから。

 これが、半身。
 私は彼のかけらではなかったと、痛感した。

 なら、別れよう。

「さようなら、聖」

 お幸せに、なんて言わない。
 そこまで割り切れるほど大人でもない。

 最後に腕を伸ばし、彼の首を掴んで引き寄せた。
 驚いて目を見開くその顔を、ああ、好きだったなと思った。
 美しくも澄んだ瞳、長いまつげ、薄くて高い鼻筋、薄くて小ぶりな唇。
 いつでも清らかな聖。
 いつまでも白雪のように純白の聖。
 でも、今、彼が少し色づき始めたのを感じる。
 自分には彼を染める力がなかった。
 それだけのこと。
 だから。

「あなたの、妻になりたかったわ」

 本当は、帰国したら言おうと思っていた言葉が、過去の物になる。

「愛してた。さようなら」

 最後の口づけを、彼に贈った。



「そういえば、結局、お茶の一杯も飲まないままでしたね・・・」
 ふう、と、とうもろこし茶を一口飲んでからため息をついた。
「その状況でのんびり茶を飲んだら怖いって・・・」
 池山が頬を引きつらせる。
「でもそのあと、どうしたの?帰りの飛行機まで時間あったでしょ」
「そうです、翌々日の夕方の便でしたから。とりあえずホテルに戻って、一晩思いっきり泣いて、疲れて寝たら、翌朝妙にすっきりして・・・」
「ふうん?」
 ぽつりと、橋口の言葉が落ちた。
「ホテルの朝ご飯が美味しかったです」
「・・・なるほど」
 頬杖をついて、有希子がうっすら笑った。
「で、そこのウエイターがまた、昨夜の男以上に絵に描いたような美形で・・・」
 すらりとした体躯、絶妙なバランスの鼻筋、後ろになでつけられた蜜色の髪。
「ああ、なんだ。あの男の顔と身体は、この国では標準装備なのかと、妙に納得しました」
「ひょうじゅんそうび」
 池山がオウム返しに復唱する。
「はい。どこにでもいる、普通の男。私はセクシャリティの壁も軽々乗り越えてしまえるほどの、彼の圧倒的な美しさに負けてしまったと、心のどこかで卑屈になっていたけれど、この国にはそんな男がごろごろいるんだなあって」
「そんなに、ごろごろいたんですか?」
 ちょっとそそられたらしい村木が食いついてきた。
「そりゃあもう。美形の宝庫って感じでしょうか?街を歩いてみても、カフェで座って通りを歩く人を眺めてみても、私の目にはみんな超絶美形に見えましたよ。そうしたらなんだか笑えてきて・・・」
 ふわりと、優しい笑みを浮かべた。
「世の中には、私の知らないことが、まだまだいっばいあるのねって、嬉しくなってきました。聖を追いかけてフィンランドくんだりまでやってきたら、こんなにたくさん綺麗なものと美味しいものに出会えて、得したなと」

 綺麗なもの、美味しいものを素直に喜べる自分は、もう、大丈夫だとも、思った。
 独りでもちゃんと、前へ、歩いて行けると。
 
「それに、今になって思えば、私は彼そっくりの女の子を産んでみたかっただけのような気がしますし」
「・・・は?」
 閉幕かと思いきや、次なる爆弾発言に男性陣はあっけにとられた。
「自分があまりにも俗な容姿をしているので、まつげが長くて、ほっそりとはかなげで清らかな女の子を産みたいと、昔から思っていたんですよ」
 その点で、聖は理想的な容姿だった。
 思慮深く、控えめで、静かな男。
 橋口も、一目惚れだった。
 この男だ、と、思ったのだ。
 この男なら、理想の子供を授けてくれると。
「でも、単に子種が欲しいだけの私と、食い尽くしてしまいたい程惚れ込んだクラウスとでは、最初から勝負にならなかったのでしょうね」
「あー、わかる、わかる。私も、マエカレの時は同じ事考えた。脳みそも上出来で目元もぱっちりして、私と違って背が高かったから、丁度バランスの良い子供が出来そうだなって」
 本間がこくこくと感慨深げに肯いたあと、湯飲みの中を飲み干した。
「その、トウモロコシ茶には、いったい何が添加されているのだろうな・・・」
 おおよそ、素面とは思えない台詞だ。
 片桐がこめかみに指をあてた。
 男性として、あまり聞きたい話ではない。
 女性の中に眠る野生は、なるべく暴いて欲しくないものだ。
 ちらりと柚木を見ると、彼は口をあんぐり開けたまま固まっている。
「ユズには、刺激が強すぎる・・・」
 心配顔の片桐に有希子がケラケラと笑った。
「なーに言ってるの。これくらいの話で萎縮していたら、やっていけないわよ」
 クィーン・オブ・本能の称号がふさわしい女性は岡本有希子以外にいないだろうと、片桐達は内心ため息をついた。
「・・・岡本には猫被って1ミクロンたりとも見せてないくせに、そのケモノっぷり・・・」
「うるさいわね」
 池山の頬を指ではじいた。
「いて!!」
「余計なこと、竜也さんに吹き込んだら承知しないからね」
「はいはいはい。申しませんとも。何を見ても聞いても決して申しません」
 二人のじゃれあいを生暖かく一同は見守った。

「でもまあ、美形に負けて、良かったんじゃないですか?」
 村木がひそりと口を挟む。
「ん?」
 本間が首をかしげた。
「だって、扉を開けたのが毛穴の開ききっただらしない場末の中年女だったり、腹の出て脂ぎった男だったりしたら、そちらの方が衝撃でしょう」
「・・・たしかに」
 女性陣がみな唸る。
「憤死ものだよね。なんでこんなのに負けたって腹が立って夜も眠れないね!!」
 本間は拳を握った。
「それに比べたら、とりあえず、身体と顔は最上の男で良かったのでは・・・」
「まあ、そうとも言うわねえ」
 しみじみと肯く有希子の隣で本間が挙手をする。
「でも、ちょっと待った。とりあえずって?」
「だって、出会ってすぐに出来上がったのだったら、お互いのこと、身体と顔以外に何も知らない状態ですよ。これから何が起こるか、まだまだわかりませんよね・・・」
 ふふふ・・・と、顔を傾けて村木が暗い笑みを浮かべた。
「うわ、美和ちゃん、ブラック」
「でも、一理あるわねえ・・・」
 本間と有希子も揃って黒い笑みを浮かべて橋口を見つめた。
「まちがいなく、これから正念場ね、あいつら・・・」
 くくくと含み笑いをされて、橋口がのけぞる。
「いえ・・・。私はもう、彼らとはノータッチでいきたいんで」
 潔い面持ちで首をふるが、三人の魔女はぐふぐふと笑い続けた。
「なんかねー。そうはいかない気がするわあ」
「私も~!!」
「絶対一波乱ありますって」

 すっかり意気投合し、村木の連絡先を尋ねて次に会う約束をしあう女達を見て、池山が頬をかく。
「・・・チーム・女傑にご新規さん加入だな・・・。」
「なんですか、それ」
「うちのマンションのオーナーが名付けた。俺の姉貴と立石の同級生と有希子と本間、そして橋口たちで良くつるんでるんだけどな。こいつらのやることなすこと、あんまり豪快なんで、その称号を贈ったんだよ」
 その隣で、片桐が苦笑している。
「はあ・・・。なるほど」
 柚木は湯飲みに口をつけたまま上目遣いに彼女たちを眺めた。
「でもまあ、女の人が元気なのは、良いことっすね」
「・・・ユズ、お前って本当に良いヤツだな」
 

「ああそうだ。これもお土産に買ってきました」

 橋口がバッグの中に手を突っ込んで、取り出したのは、キャラクターもののストラップだった。
「あ。ムーミンですね」
「フィンランド、と言えばムーミンよねえ」
 女達は一斉に目を輝かせる。
「専門のショップがあったので、女子用土産に。まあ、今時ネットで買えますけど、行ってきました記念と言うことで・・・」
 橋口の小さなバッグの中からざくざくとプラスチックケースに入ったストラップが出てきて、「メアリーポピンズの鞄か・・・」と、片桐がこっそり呟いた。
「・・・でも、さりげなくムーミンよりスナフキンの方が多いね。弥生さん、スナフキンがタイプなの?」
「多分、私の知合いに好きなの選んでと言えば、スナフキンを掴む率高いだろうなと思って」
「確かに。ついつい、ムーミン一家ではなくて、スナフキンかミイを選んじゃうわねえ」
「え?私なら、ニョロニョロだけどなー」
「そう言うと思ったから、奈津美さんには、ニョロニョロを・・・」
 しずしずとテーブルに置かれて、本間が喜びの声を上げる。
「うわ、ありがとう!大切にする!!そういえば、実はヘムレンさんも好きなのよね~。やることなすこと駄目駄目すぎて~」
「お前の趣味が解らんよ、本間・・・」
 片桐が頬杖をつくと、
「いいんです-。女は謎が多い方が~」
 と、本間が返した。
「で。ムーミンのショップに行って終わり?」
 池山が先ほど一端途切れたフィンランド滞在の話を促す。
「いえ、キリスト教系の有名な建物をいくつか見て、博物館と美術館、それからマリメッコとアラビアのアウトレットにそれぞれ行きました」
「え?それ、2日やそこらでこなせるの?」
「はい。帰りは夜の便だったし、トラムが通っているし、ヘルシンキ市内だったらコンパクトですし。独りだと自分の興味のあることだけに時間をかければいいので、そんなもんですね」
「そういうもんなんだ」
「ただし、アラビアのアウトレットでは段ボール一箱分がっつり買い物をしたので、それは後ほど・・・。おいおい届きます」
 アラビアとは、北欧を代表する陶器製造会社で、テーブルウェアはもちろんのこと、洗面台やトイレまでも作ると言われている。
「何を買ったの、そんなに・・・。ムーミンのマグカップでも?」
「いえ、それはもうさすがに買わなかったのですが、あそこ、アラビア社以外の物を色々取り扱っているので。イッタラのグラスとか、ハックマンのオールステンレスの鍋とか、ロールスとランドの食器とかで気に入ったものを手当たり次第でそうとう数・・・」
 ぺらぺらと呪文のように北欧ブランドが羅列される。
 いつでも冷静な橋口にしては、かなりやってしまった感が出ているのは否めない。
「買っちゃったんだ」
 失恋ハイ、恐るべし。
「ええ、買っちゃいました。しばらくこの仕事は辞められません」
 その前に、橋口の独り暮らしの部屋が北欧からの荷物でぎっしりになるのは容易に想像が付く。
「いいなあ、ハックマンの鍋、こっちで買ったらあり得ないくらい高いから、一度現地で買ってしまいたいと思っていたのよね」
 有希子はうっとりと頬に手をやった。
「身二つになったら行けますって」
 村木がフォローすると、柚木が首をひねる。
「生まれてからの方が大変っしょ?安定期に入った時が狙い目かもしれませんね。その頃には雪もないだろうし」
 若いくせになぜか妊婦に詳しい柚木は、テーブルの向かいから身を乗り出して有希子の湯飲みに茶を入れながらそう言うと、池山が制止した。
「コイツは本気でやるから、煽るなよ・・・」
 女の行動のすべての理由は、本能に直結しているとつくづく思うのは、姉の千鶴と幼なじみの有希子を見てきたからだ。


「あの・・・。そろそろお開きにしようかって下の連中は言ってるんだけど、どうかな?」

 おそるおそる、引き戸をあけて岡本が顔を覗かせた。
 ここへやってくるのに、そうとう勇気がいったのだろう、全身緊張しているのが誰の目にも明らかだった。
 しかし、この焼き肉の宴が開催されてからすでにもう2時間以上経っている上に、盛り上がりついでに二次会をしたい者も出だしたため、やむにやまれず・・・といったところか。
「ああ。こちらもちょうど落ち着いたところだ」
 片桐がさらりと答える。
 ・・・肉の宴も、暴言暴発大会もな。
 池山は心の中で付け加えた。
 今回はタイミングを間違えなかった岡本に拍手を送りたい気分だ。
「あ、竜也さん」
 居住まいを正した有希子はほんのりと笑みを浮かべて、新妻の顔になる。
 先ほどまで、呼吸するがのごとくの食べっぷりだった事など露ほども感じさせない、楚々とした風情である。
「・・・べ、べつじん・・・」
 有希子の変貌ぶりを目の当たりにした柚木の顔が引きつった。
「・・・日本昔話のなんとか女房を思い出すな」
 夫の前では、別の顔。
 彼のいない時の姿は誰も見てはならないし、うっかり目に入った場合は口外してはならないのである。
「帰ろうか」
「ええ」
 お茶時の対決はどこへやら、見つめ合う二人の間に甘い空気が流れる。
「それじゃ、悪いけど先に帰るな」
 妻の荷物を持ち、そっと背中に手を添えた岡本に、誰も口を挟む気力はなく、愛想笑いを浮かべて手を振るのみだった。



 岡本夫妻が寄り添い、連れだって出て行くのとすれ違いに立石が少し膨らんだ茶封筒を持って入ってきた。
「はい。これは下の奴らの分な」
 差し出されたそれの中には階下メンバーから徴収した会費が入っていた。
「本当に、全額俺持ちで構わなかったのに」
 そもそもは知合いの店で、公表価格より半値近く安くしてもらえるから片桐が全額持つという話で進めていたが、途中から参加人数がかなり増えたので、立石と岡本が是非とも一部負担させてくれと言い、それについては全員一致した。
「いや、一生に一度食べられるかどうかの上質な肉ばかり心置きなく食べさせてもらったから。それでもかなり足が出てるだろう。ありがとな」
 ぽん、と肩を叩かれ、片桐はそれを受け取った。
「岡本はもちろん帰るだろうけど、お前らはどうする?カラオケ組とはしご酒組が出てる」
「俺は・・・」
 答えようとしたその時、胸ポケットに入れていた携帯電話が震えて着信を知らせた。
 取り出して画面にさっと目を走らせた後、ふ、と笑う。
「・・・悪い。俺は今日、パス」
「そうか。じゃあ・・・」
 ぐるりと室内に目を向けると、保坂が手を上げる。
「はいはーい。立石さん、どっち行くの?」
「もうちょい飲みチームかな」
「じゃあそっち。弥生さんとユズ君と美和ちゃんも、もうチョイ行かない?」
「・・・いきましょう」
 三人とも即座に肯いた。
「それにしても・・・。お前らも結構食べたんだな」
 テーブルの様子を見て、立石がぽつりと言う。
「そりゃ、若いからな。こっちのチームは」
 階下は三十代から四十代がメインだったのと、酒がかなり入ったために、量より質で攻めたらしい。
「いや、俺らが食ったって言うより、有希子だろ。あいつ、肉から始まって肉で終わっていたぞ」
 そういえば、最後まで肉を注文し焼き続けたのは彼女だった。
「珍しく、デザートも食べてませんしね・・・」
 橋口が呆然と有希子の座っていた席を眺める。
「私、有希子さんがホルモン食べてるの、初めて見たもん・・・」
 今だから言うけど、びっくりした、と告白した。
 さすがの本間も、付き合いが長いだけに驚きを隠せないようだ。
 片桐と立石も母親の妊娠出産を目の当たりにしているので、ある程度その凄さはわかっているし、本間達も同様だ。
 しかし、母親や親戚と美貌の同僚では驚きの度合いが違う。
「ああ、妊婦は食の好み変りますもんね」
 訳知り顔に肯く柚木に、村木が疑問を口にした。
「さっきから思ってたけど、柚木君、随分詳しいね」
「うん、実体験だから。俺、母が末っ子妊んだ時キョーレツだったんで。産み落とす直前まで、同じように肉しか食わなくて。その代わり、産み落としたら肉のことなんかけろりと忘れて、それこそ別人?って感じで・・・」
 虚空を見つめての説明に、全員息を呑む。
「神秘だ・・・」
 もちろん、妊娠を体験をしたことがない女性たちもこくこくと肯いた。
「んで、その末っ子は?」
 ついでに池山が尋ねると、にやりと笑う。
「この上なく頑丈な弟です。頭脳労働よりも肉体労働ラブです。おかげで、うちの家業は安泰ですね」
 どちらかというと、若い鹿のようにしなやかな体つきをしている柚木からは想像が付かない。
「あ。俺の時は羊羹の連打だったそうです」
 全員の視線になにを言いたいか感じ取った柚木は即答した。
「じゃあ、有希子さんのお腹の子は男の子かな~」
 唇に親指を当てて、本間がくふふと笑うと、柚木が頬をかく。
「いや・・・。それはどうでしょうね」
「ん?」
「実は、俺のすぐ上の姉貴の時も、母は肉しか食わなかったらしく・・・」
「頑丈な女の子なの?」
 正直、彼からマッチョな若い女性は想像がつかない。
「いえ、いわゆる肉食的な女子になりました。おかげで甥姪がすでにごろごろしてます」
「にくしょく」
 本間が反芻すると、物凄く言い辛そうに口を開いた。
「・・・ええと。相手が全部違いまして・・・。ちぎっては投げ、ちぎっては投げって感じっすね・・・」
 食っては投げ、食っては投げの間違いではなかろうかと、全員が心の中でツッコミを入れる。
「・・・全員、うちの貴重な労働力です。正直、俺はあんまり役に立たないから・・・」
 この業界では標準的な柚木の体型は、彼の実家だとそうでないらしい。
「いいんじゃない?一人くらい頭脳労働系がいて・・・」
 フォローにならない言葉をかけ、本間は柚木の肩をぽん、と叩く。
「・・・ということは・・・」
 池山が今度はうなり出す。
「肉食的な女の子の可能性大って事か・・・」
「いや、たまたま、ウチがそうだと言うだけで、一概には・・・」
 柚木の言葉も今更で、空回りするばかりだ。
「まあ、いいんじゃない?丈夫な赤ちゃんなら」
 あははー、と気を取り直した本間が明るく笑ってみせる。
「ま、そうですね。血となり肉となる事が先決でしょう」

 橋口が綺麗に締めくくるのを背に、男性陣はこそこそと額を寄せ合った。
「岡本・・・。あいつ、この前、有希子そっくりの清楚な美少女かもって、やに下がってたけど・・・」
 珍しく、立石が額に皺を寄せている。
「まあ、顔に関しては美形が生まれるだろ?岡本の姉ちゃんたちも綺麗だったし」
「じ、じゃあ、美形で肉食系?」
「それ、有希子そのまんまじゃん」
 池山の一言に、全員、ああ、と納得した。
「なんだ・・・。なら別に・・・」
「良いんじゃないっすか?清楚な美女だけど実はってのは」
「ただしあいつの場合、肉食系じゃなくて、肉食獣そのものだけどな」
「・・・それに岡本さんが気が付いていないこと自体、俺、すんごい不思議なんですけど」
「気づいているんだろうけど、あえて脳が遮断している感じだよな・・・」
「別に良いんじゃないか?あんなに蕩けた岡本を俺は見たことないし」
 まさに、我が世の春、といった感じである。
「そう・・・。そうだよな・・・」
「幸せなんすね、岡本さん・・・」
「ああ、まあ・・・そうじゃね?」

 男達の密談を、もちろん耳をそばだてて聞いている女達は余裕の笑みを浮かべた。
「なに言ってんだか。ケモノ上等じゃんねえ?」
「そうよねえ。ホントは好きなくせに・・・」
 少々ブラックな会話に、村木が白い顔を軽く傾ける。
「・・・まあ、そこが、男性の可愛らしいところ・・・でしょうか?」
 一瞬目を見張った二人は、そのあと、にいっと唇を釣り上げた。
「そんなあなたが好きよ、美和ちゃん」
「さ、行きましょうか、二次会」
 とまどう村木の右腕を本間がとり、橋口が左腕をとる。
 足取りも軽く廊下に出ながら、本間は歌うように呟いた。
「どんなケモノになるもならないも、相手次第に来まってんじゃん」
 そもそも、人はケモノなのだから。

 
 彼らの会話が岡本夫妻の耳に届くことはもちろんなく、数ヶ月後に滞りなく臨月を迎え、無事赤ん坊と対面した。
「女傑の会にご新規参入だな」
 その一言に、関係者一同、深く肯いたのは言うまでもない。



『肉食獣的な彼女』 -おわり-


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