『秘密の花園-秘密-』




「来いよ、勝己」

 そう言って誘ってみせると、目の前の男は素直に従った。
「これ以上煽るな、憲・・・」
 合せてきた唇は、誰の物より甘くて心地よい。

 1年くらい前。
 この部屋で二人きりになった時に、急に興味を持った。
 こいつのセックスはどんな感じなんだろうと。
 だから、キスをして押し倒し、馬乗りになって服を脱がした。

「やめておけ。とりかえしがつかなくなるぞ」

 服を乱されながら、唇を唾液まみれにされながらも、あくまでも静かに制してきた勝己。

 三つ下の弟はいつも理性的だ。
 いつも感情のまま欲望のままの自分とは正反対で、時々勘に障る。
 まるで聖職者かのように清らかで正しい男が獣のように乱れるさまを見てみたいと、唇と指先を走らせた。
 男とも女とも数え切れないほど寝た。
 だから、どんなに理性的な人間でもいつかはスイッチが入ることを、身をもって知っている。
 されるがままだった勝己もさすがに、だんだん下肢を固くする。
 快楽の予感に舌なめずりをしながら自ら腰を振ってみせると、仰向けになったまま彼は唸った。
「・・・本当に知らないからな」
 そう言って腕を取られ、抱き込まれる。
 打って変わって与えられる激しい愛撫に翻弄され、気が付いたら後ろを一気に貫かれていた。
 その瞬間、勝己の言葉の、本当の意味がわかった。

「あ・・・っ!」

 なんだこれ。
 全身に今までに経験したことのない何かが走る。
 やっていることは、今までの誰とも大差ないのに、誰とも感じなかった快感の凄さに正気を失った。
 叫んで、叫んで、叫び続けて、もう喉が枯れ果てて、それでも声を上げずにいられない。
 勝己の雄が身体の中でうごめく度に、それが快くて快くて、離したくなくて、全身でしがみついた。
 
 興味本位に始めた一夜のせいで、全ては一変する。

 身体の中に染みこんだ勝己を消したくなくて、何度も何度も誘った。
 数日も経たぬうちに勤務先近くの彼のマンションを引き払わせ、同居に持ち込んだ。
 そして、もともと家事が苦手だからこそ自分で雇っていた通いの家政婦を解雇した。
 自分と勝己の匂いを消されることに我慢ならなかったからだ。

 でも、そんな本音は絶対勝己に見せたりしない。
 いつも勝手気ままに弟を翻弄する、我が儘な兄を演じ続けた。

 誘うのも、何となくしたくなったから。
 家政婦を追い出したのも、他人が入るのが面倒くさくなったから。

 勝己は知らない。

 わざと家の中を散らかしてみせていることを。
 その気にさせるために、苦心惨憺していることを。
 今夜も、わざと全裸になって待っていたなんて、想像すらしていないだろう。

 優しい勝己。
 正しい勝己。

 結婚を機に心身を壊した姉のために療養先へ転校し、生まれてきた甥のために進学先を決めた男。
 いつでも、どんなときにも、勝己は家族の犠牲になってきた。
 彼は助けを必要とする人間を一番に大切にする。
 だからこそ、誰よりも手のかかる存在でいなければならない。
 
 勝己に自分は必要ない。
 誰でも愛し、誰にでも愛される男。
 彼はどこででも、どうにかして生きていける。

 しかし、自分は勝己がいなければ生きていけない。
 勝己が、身体の中にいないと、気が狂いそうになる。


「あっ・・・。あああっ!!」

 勝己の雄が自分の深い奥底を穿つ。
 それが強ければ強いほど、喜びと安心で満たされる。

 引き抜かれる瞬間が一番嫌い。
 抜かれて、二度とはめてもらえないのではないかという恐怖がわき上がる。

 ここにいて。
 ずっとずっと中にいて。

「あ・・・・。もっと、もっと突けよ・・・」

 足を広げて、締め付けて。
 身体をくねらせて汗で滑る肌をこすりあわせる。
 欲情に緑がかった瞳をすがめられて、体中の血が騒ぐ。
 この、頼もしい身体は俺のもの。
 広い胸、強い肩、長い足。
 平凡な眼鏡の下に隠された顔は、実は誰よりも整っていることを知っている。
 その、厚い唇が自分の薄いそれを覆う瞬間の快感を、いつまでも感じたくてキスをねだる。
 乳首を吸わせて、性器を舐めさせて、全身くまなく触らせても、まだ満たされない。
 彼を感じれば感じるほど飢えていく。
 
「もっと、もっと・・・っ。奧に来い」

 挑発して、彼を内にとどめるためにあらん限りの力を込める。
 足を絡めて、背中に爪を立てて、勝己が呻いても離してやらない。

 離さないで。
 離れていかないで。
 離れるのが怖くて、たまらない。

 こんな寂しさを、これまで気が付かなかったなんて。

 心の中の獣が涙を流して吠える。

 愛してる。
 お前だけを、愛してる。
 お前なしでは、俺は生きていけない。


 それは、決して言えない、自分だけの秘密。

 愛して。
 俺だけを愛してくれ。

 金色の瞳の、獣が鳴く。







 -完-


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