『秘密の花園-蜜の家-』




 ドアノブに手をかけてみると、予想通りにすんなり扉が開いた。
「またか・・・」
 ため息を深くついてから玄関へ足を踏み入れると、これもまた予想通りの光景が目に飛び込んできた。
 ポーチには乱暴に脱ぎ捨てられた靴、その先の廊下には脱ぎ捨てられた服が点々と落ちていて、それを一つ一つ拾いあげながら前に進む。
「道しるべかよ・・・」
 この家に間借りしてからおよそ一年。
 さすがにもう慣れてきたが、夜勤と日勤を続けた身としては、疲れが増してくる。
 集めた物をランドリーバスケットに放り込んでからリビングのドアを開けた。
「ただいま・・・?」
 声を落として呼びかけてみるが、応えはない。
 キッチンカウンターの上には食器の残骸、そして広々としたリビングも床に色々放り出されていて、たった数日の不在でよくぞここまでと肩を落とした。
 レースのカーテンしか掛けられていない窓からは月明かりが差し込み、その先にはソファーセットがある。
 資料やノートパソコンが広げっぱなしになっているテーブルの傍らに足を進めた。
 長く延ばされたソファーに毛布が乱暴にかかっており、それがゆっくりと規則正しく上下していた。
 重ねられたクッションの上には暗闇にも艶やかな黒髪が伏せられ、しなやかな白い腕と肩が毛布からはみ出ている。
 薄明かりの中、白い肌が浮き上がり、夜の花のような芳香を放つ。
 毛布の下の、白い身体のなめらかさを思うと目眩すら感じる。
 世の中に、これほど魅惑的な生き物を知らない。
 例えようもなく、甘い身体。
 すっかり虜になっている事を自覚せずにはいられない。
 ただただ、食い入るようにその白いうなじを見つめていると、ふいに動いた。
「ん・・・」
 鼻から抜ける声すらどこか甘さを含んでいる。
「・・・かつ・・・み?」
 寝返りを打って仰向く小さな顔。
 閉じられたままだった瞼がゆっくり開くと、金色に光る瞳が現われる。
「帰ってきたのか・・・」
 手の甲を眉間に押し当てると、毛布が落ちて薄い桜色にほんのりと染まった胸元があらわになる。
 さらにその先の二つの紅い突起が目にとまると、もう膝を折るしかない。
「そんな格好で・・・。風邪を引く」
 平静を装ってみたところで、この金色の目は全てお見通しと言わんばかりに、にいっと笑う。
 金色の瞳の、孤高の獣。
 自分は彼の思うままだ。
「来いよ、勝己」
 薄い下唇を白くて形の良い指先でゆっくりとなぞって見せる。
 ちらりと覗く小さな舌と白い歯。
 濡れた吐息がこぼれた。
 この男の誘いにあらがえる人はいるのだろうか。
 眉をひそめ、その唇を追う。
「これ以上煽るな、憲・・・」

 ここは蜜の家。
 甘い香りと肉に溺れた、二匹の獣が絡み合う。






 -完-


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