『野分-8-』
「か・・・っは・・・っ!!」
喉からせりあがってきたものを、吐き出した。
【ミツタダ、ミツタダ、ミツタダ・・・っ!!】
腕の中の、細い身体ががたがたと震えている。
【イヤダ、イヤダ、イヤ・・・】
泣いている。
顔は見えないけれど、多分。
「死なないってわかってはいるけれど、けっこう痛いね、これ・・・」
違う。
死なない、じゃなくて、死ねない、だな。
腹を貫く刀の刃の感触をはっきりと感じ、燭台切光忠は眉をひそめた。
血はそれほど流れない。
痛いけれど、耐えられる。
今は。
「君、こんな状態で今までいたなんて、どれだけ我慢強いの・・・」
長い時間、この龍玉の中でずっと、ずっと、痛みと呪いに侵され続けた山姥切の辛さをおもうと気が遠くなりそうだ。
しかも、最後まで正気を手放さなかった。
「でも、僕はそんな根性ないんだよな。気が短いっていうか・・・」
一呼吸おいて、山姥切をさらに強く抱きしめた。
「く・・・っ」
【ア・・・ッ】
痛いものは、痛い。
両足に力を込め、なんとか踏ん張る。
早く来い。
お前たちも欲しいだろう。
新しい宿主が。
ぞろり。
ぞろり・・・。
何かが蠢く気配がした。
ざわ・・・、ざわざわ、ざわ・・・。
触手のようなものが傷口を確認しているように感じる。
【ダ、ダメ・・・】
腕の中の抵抗を、抱きしめ続けることで封じた。
「だめだよ。もう離さない」
傷口から入ってくる力のようなものがざわざわと身体の中と表面を侵食し始める。
ほら、今だ。
かかってこい。
ざざーっ。
身体の中に、おぞましい何かがなだれ込んでくるのを感じた。
「ぐ・・・っ」
吐き気と、めまいがした。
でも、離さない。
そして、倒れない。
これは、俺の意地だ。
「ぐ・・・・はっ・・・」
視線を頬に感じた。
首を傾けると、山姥切が口を半開きにしたまま、茫然と自分を見上げている。
【ア・・・。アア・・・ッ!!】
ぞろりぞろりと、何かが頬を駆け上り、頭皮の中まで覆い尽くしていった。
きっと今頃、自分の体は呪文に染まっていることだろう。
腹の奥から、じわじわと、得体のしれない、欲のようなものが沸き上がる。
「ああ・・・。まあ、願ったり、かな・・・」
【ア・・・・、ア、ア・・・・・】
わなわなと、唇が震えている。
青銅色の肌。
唇も常識ではとうてい思いつかない青緑に染まっていて。
それでも、綺麗だなと思った。
「だいじょうぶ・・・。だいじょうぶだから・・・・」
【・・・ダ・・・】
長い睫毛が震えて、ラピスラズリにきらめく瞳から透明な雫がこぼれ落ちた。
【イヤダーっ・・・・!!】
目を焼かれたと思うほどの白い閃光。
ぎいん、と、刀同士を合わせた時に生じるような固い音が響き渡る。
炎のような熱が四方から自分たちを包み込んだ。
どおんという地響きとともに、足元から強い力にすくわれ、なぎ倒された。
「山姥切・・・!」
腕の中が空になる。
引きはがされたのを感じた。
指先は虚しく宙を掴む。
【ショクダイギリ・・・】
光忠。
彼の声が、聞こえたような気がした。
ごうごうと空気が吠えている。
あたりは真っ白な霧が立ち込めて数センチ先も見えない。
身体はぼんやりと宙に浮いていて、まるで雲の中に横たわっているような感覚で、腹を貫いたはずの刀はすでに跡形もなく、触れてみても着物と皮膚には傷口の痕すら残っていない。
山姥切がどこにいるか、首をめぐらせたところで見当たる筈もなく、気配も感じない。
だけど頬をなぶる風の中に人の声がふいに現れ、いくつもいくつも耳元で囁いては通り過ぎていく。
『・・・本科に負けず劣らず・・・』
『美しい・・・』
『写しは所詮、・・・偽・・・』
『そなたは、その醜い姿をさらし続けるのだ。とこしえに・・・』
『・・・それでも、もののふの・・・』
『・・・無事で良かったと、言っては、・・・下さらぬのですね』
男の声も、女の声もあった。
若いものもあり、老いたものもあり、誰もかれもが、胸の内をさらけ出す。
『醜い・・・。ほんに醜いのう』
憎しみを隠そうとしない、その声は。
『・・・すまない』
そして、あわく、切ない囁き。
「山姥・・・」
ぱあん、と破裂し、再び空間が四散する。
すべては、そこにつきるのか。
醜は悪で、
美は善か。
-つづく-
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