『宴。』




「・・・なあんか、納得いかねえんだよな」
 透明な光を放つ杯の底をのぞき込みながら、加州清光は独りごちる。
「な~にがあ?」
 すぐそばですでにへべれけの入口に立っているであろう次郎太刀が、肩ひじついて横になったまま喉を鳴らしながら酒を飲み干した。
「なんで、主も太郎さんも山姥切なんだろう」
 太郎太刀は今現在、山姥切国広を開かずの間に閉じ込めて三日三晩かけて篭絡中で、それを知った少女審神者の怒りもまた尋常ではなかった。
 今、この場で酒を飲み交わしているのは一連の騒動に巻き込まれて貧乏くじを引いた刀剣たちの慰労会であった。
 顔ぶれは薬研藤四郎、五虎退、鳴狐、加州清光、にっかり青江、石切丸、燭台切光忠、そして次郎太刀。
 ただし年若い薬研藤四郎と五虎退は、部屋の中が酒臭くなる前に粟田口集団の長である一期一振に呼び戻されてしまった。
「ああ・・・。そうきたか。お清ちゃんはまんばちゃん嫌いなのう?」
 少しろれつの回らない次郎の問いに、整えられた眉をひそめる。
「嫌い・・・ね。最初はそうだったかも。いっつも薄汚れた格好して、見るなーとか威嚇してきやがるけど、逆に悪目立ちしてみてしまうっつーの」
「ははは、おしゃれさんは容赦ないねえ」
 少し離れたところで石切丸の杯を満たしていた青江が軽く流す。
 居並ぶ刀剣たちの中でも加州清光は誰よりも身なりに気を付ける男だ。
「あれってなんなの?髪はざんばらだし、ひっかぶってるぼろ布は鼠色に変色した上に裾よれよれだし、戦闘服は高校生風なの、あれ?上着はどこの古着屋から持ってきたかっつうの、最悪なのはスラックスだよな。裾の方シミだらけだし、あっちこっち裂けてるし。農作業の時のジャージなんて、アズキ色だぜ、アズキ。どこの田舎の高校からタイムスリップしてきたんだよあいつ」
 指を折りながら、不満を一気にぶちまけた。
「うわあ、バッサリ・・・」
「よく見てるねえ・・・」
 燭台切と青江が笑いをかみ殺す。
「いや、マジでイライラしたから。胃に穴が開くかと思ったから。視界に入るんじゃねえよと何度言いそうになったことか!!」
「でも、言わなかったんでしょ。良い子だね~、お清ちゃんは」
 頭身も重量も巨大な次郎にいきなり飛びかかられ、抱きすくめられた上にぶちゅーっと口紅のついた接吻を頬に受け、加州はもがく。
「は・な・せ!!」
 赤く塗り猛禽類のように整えられた爪を次郎の顔にたてた。
「いった・・・っ。ほんっと、つれないんだからあん」
「戯れに手折られるなんて、まっぴらごめんだ」
「ふふん、本気ならいいわけ?」
「マジ殺すぞてめえ」
 鋭い眼差しに、矛を収める。
「はいはい、私が悪かったよ、ごめん」
「まったくもう、この絡み上戸ときたら・・・」
 ぐいっと頬についた朱色を手の甲でぬぐい取り、燭台切光忠と鳴狐を盾にする場所へと移動した。
 破壊的なほどにおしゃべりな狐は周囲の計略でとっくに酔い潰されて、飼い主の傍らでヘソを天に向けよだれを垂らしながらぐっすり眠っている。


「まあとにかく清光くんは、山姥切のこと、今は、嫌いじゃないんだね」
 燭台切は背後に座った加州を振り返ると膳を押して、肴を勧めた。
「人を嫌うのって、物凄くエネルギーがいると思わない?疲れるんだよ」
 軽く会釈してするめに手を伸ばし、がっと白い歯をむいて噛み千切る。
「まあ、そうだね・・・」
「と、言うのは建前で、わからなくもない部分もあるからかな。誰かに解ってほしいとか、好きになった欲しいって、誰でも思うことじゃない?特に俺たち刀剣はみな、過去にどうしても囚われがちだ」
「へえ・・・」
 光忠は杯を傾ける手を止めた。
「ま、山姥切はなんかコンプレックスをこじらせすぎて、めちゃくちゃ面倒くさいけどな。見るなーとかいうけど、寂しがりやのオーラ全開じゃん、あいつ」
「その寂しそうな眼がなぁんかそそるよね、山姥切って」
 横から青江が茶々を入れる。
「寂しそうっつーかさ・・・。妙なオーラがあるんだよ。じとーって、あのぼろ雑巾の隙間から、捨てられた子犬みたいな目して見られると、なんかぞわぞわするよな・・・」
 もっぱら聞き役の鳴狐が、珍しくこくこくと頭を縦に振る。
「ははは。絆されたんだ、清光くん」
「ほだされてねえよ。何度も言うけど、慣れただけだ、あの察してちゃんに」
「うんうん、きみって、本当にいい子だねえ」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、清光はむうっと唇を尖らすが酒の力を借りて本音を漏らす。
「それにあいつ、意外だけどやるときゃやるんだよ。組んだらまず負ける気しねえ」
 大将に抜擢されようが末席に属そうが、山姥切は誰よりも早く敵陣に飛び込んでいく。
 それはあとさき考えない自殺行為ともいえるが、どのような不利な布陣でも変わらぬその戦いぶりで、あくまでも己は刀剣なのだという姿勢を貫き続けている。
「そうなのよねえ・・・。太郎ちゃん、最初それでびっくりして、無鉄砲にもほどがあるって呆れたのと惚れたのがほぼ同時って感じだったもの」
 加州に怒られて少し隅で大人しく飲んでいた次郎が、再び会話に加わった。
「惚れたんだ…」
「惚れなきゃ、あの状況ないでしょ!!今更!!」
「いやいや、状況は解ってるんだけど、頭で理解しがたいというか・・・」
 先の騒ぎの最中に、襖の向こうから漏れ聞こえた声と息づかいが頭をよぎり、あわてて打ち消す。
 よりによって、なんであの二人が。
「そもそも今回の引き金引いたのは石ちゃんだからね。とても主ちゃんには言えないけど!」
「え?なにしたの?」
 燭台切が目を丸くして石切丸を探すと、縁側近くで月に照らされた彼は凪のような微笑を返した。
「まんばちゃんの怪我の手当てをした時にさ、『穢れが残っているから禊が必要』とかしれっといって、『私がまるっと洗っても良いのですが、どうします?』なんて真顔で聞いてきたもんだから、太郎ちゃんが、もー、顔色変えちゃって…」
「顔色って?」
「真っ青になって横抱きに強奪してそのまま湯殿に駆けこんで、単衣を剥いてみたら真っ赤になって、腕の中で意識のないまんばちゃんがちょっと声を上げた途端すーっと白くなってね、面白かったわよー。ま、見た目は相変わらずの鉄仮面なんだけど、私の目にかかったら、ねええ~?」
「はあ?」
「まんばちゃんの、いつもは隠された柔肌が余すことなくさらされた上にお触り自由で、あ、頭の血管何本か切れてるなーって感じ」
「はあ・・・。俺の中の太郎さんがどんどん崩壊していく…」
「いや、マジで綺麗だったわよ?眼福がんぷく」
 ごちそうさま、と合掌する。
「つうか、次郎さん、あんたずーっとその様子隣で見てたのかよ」
「だって、太郎ちゃんが卒倒したら私が何とかするしかないじゃない」
 太郎太刀は刀剣たちの中で最も大柄な者の一人だ。
 弟分として同じく大柄な次郎太刀くらいしか、確かに対応できないだろう。
 だが、先ほどの粟田口達と変わらぬ出歯亀ではないかと全員思った。
 いやむしろ、堂々とし過ぎて突っ込みようのない鑑賞ぶりだ。

「まあ、その辺が、主ちゃんがまんばちゃんに固執するところよね」
「は?話が見えないんですけど!!」
 少し酒に酔った加州が噛みつく。
「まんばちゃんね、ほんっとにきれいな体なのよ。睫毛から下、なあんにも生えてなくてつるっつるだった」
「え?生えて・・・ねえの?」
「うん、髭もない感じだし、手足はもちろん脇とか陰毛関係ぜんっぜん」
「ああ、それで鼻血」
 さもありなんと頷く燭台切の横で、真面目に加州が訂正した。
「いや、太郎さん、鼻血出してないから」
「出しそうになったみたいだけど、ギリギリ出てないわね~」
「いいのか、そんな重要事項暴露して…」
 重要事項とは、山姥切の無毛ぶりについてなのか、思春期小僧な太郎のとち狂いぶりなのか・・・と、石切丸は心の中でごちた。
「やあねえ、酒の席のたわごと、覚えてちゃダメよう」
「忘れるには、衝撃的すぎる話ががんがん出てますが」
「忘れんの。・・・それが鉄則よ」
 いきなり次郎太刀が真顔になり、一同の背筋にぞぞぞーっと冷たいものが走る。
 忘れないとどのような事態が待っているか、想像したくない。
「はい、忘れます」
 加州と鳴狐が我先に手を上げて誓った。
「ま、話を戻すとね、主ちゃんくらいの年ごろの女の子って、男くさいやからって嫌いじゃない?」
「・・・もしかして、それは中性的なのがイイって話?」
 加州は気を取り直し、酔い覚ましとばかりに漬物をばりばりかみ砕く。
「そそ。男の匂いを感じさせないお兄さんに憧れるというか」
「ちょっと待て。胸板丸出しの蜻蛉切さんはどうなんだよ」
 山姥切の次に近侍としてそばにいることが多いのは、蜻蛉切だ。
「すんごい胸板が目に入っていないというか、あれはああいうもんだって思いこもうとしているというか。だって、蜻蛉さん身体はクマだけどめちゃめちゃ禁欲的だしね」
「じいやってかんじ?」
「ああ、そんな感じ。お父さんではないし、お兄さんでもないし・・・。執事とか後見とかね」
「なるほど・・・」
「とにかく、すね毛のなさそうな奴が好きってこと?」
「そう。そういう意味ではたくさんいるような気がするけどね、うちの面子」
 指折り数えると件の騒動で大暴れした粟田口集団しかり、その長である一期一振も髭が生えることを想像させないほどきめの細かい肌をしている。
「いやでも、おれも毛くらい生えてるよ?」
「え?お清ちゃんそんな顔して生えてるの?見たいみたい、どこに生えてんの?」
 喜々として次郎太刀がにじり寄るのを加州はあわてて制した。
「ストーップ。次郎さん、あんた今日はそれ以上俺に近づくの禁止」
「えー。お清ちゃんたらつめたーいー」
「なんとでも言えよ。今日の俺は次郎さんの戯れの相手をする体力が残ってねえんだよ」
 正直、ほとほと疲れた。
 もう自室に戻るのもだんだん面倒になってくるくらいには、疲れている。
「とにかく、あれのねずみ男装束のどこから王子様なんだかよくわからないけど、主にはそう見えるってことなんだな」
「まあ、あばたもえくぼかねえ」
 それまで酒を楽しみ見物に徹していた青江が、さらりと口を挟む。
「もしかしたらあのぼろぼろ頭巾も、主と太郎さんにはマリアヴェールに見えるのかもしれないよ?」
「ない。いくらなんでもそれはないから!」
 加州の叫びに、熟睡していたはずの狐がびくっと、飛び上がった。
「な、なななな、なんでござりますか?いかがしたでございますか?」
「おまえはいいから!!」

 酔っ払いたちの夜がいつまでも続き、朝はなかなかやってこなかった。




 -完-


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